レ・カ・フュー

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ベトナムの旗 ベトナムの政治家
レ・カ・フュー
Lê Khả Phiêu
Le Kha Phieu.JPG
生年月日 1931年12月27日(82歳)
出生地 Flag of Colonial Annam.svg フランス領インドシナ連邦タインホア省
所属政党 ベトナム共産党

ベトナムの旗 ベトナム人民軍政治総局主任
任期 1991年9月 - 1997年12月

Communist Party of Vietnam flag.svg 第5代ベトナム共産党中央委員会書記長
任期 1997年12月 - 2001年4月
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レ・カ・フューベトナム語: Lê Khả Phiêu, 漢字: 黎可漂, 1931年12月27日 - )は、ベトナムの軍人政治家。最終階級は上将。1997年12月から2001年4月、ベトナム共産党書記長を務めた。

経歴[編集]

1931年12月27日タインホア省ドンソン地区ドンケ村の裕福な家庭に生まれた。1945年、彼は地方のベトミン運動に参加し、1949年6月19日インドシナ共産党へ加入した。

軍歴[編集]

1950年5月1日、ベトミンによる動員により軍隊に入隊した。彼は第66連隊第304大隊において、一般兵士から徐々に昇進し、大隊政治員となった。1954年9月から1958年、彼は第66連隊の副政治員、政治員、政治主任を歴任した。

1961年6月から1966年、彼は第304師団において、参謀副長、参謀長を務め、第304師団第9連隊において、副政治委員、政治委員兼連隊長を務めた。

1967年、彼はチティエン (Trị Thiên) の戦場において、同じ第9連隊に配属され、連隊政治委員を務めた。1968年、チティエン軍区組織部長。1970年、チティエン軍区政治副主任。

1974年5月、第2軍団が設立されたとき、軍団政治部主任に任命され、中佐となる。

1978年、第9軍区副政治委員兼政治主任、その後、政治担当副司令、大佐。彼はまた、第9区委員会副書記の地位を兼ね、民事の責任を負った。

1984年4月、少将に昇進し、カンボジア駐留ベトナム「志願軍」(コード名:719戦線)において政治主任を務め、その後、政治担当副司令兼政治主任、軍司令部幹事会副書記を務めた。

1988年8月、中将に昇進し、政治総局副主任に任命。1989年9月のカンボジアからのベトナム軍撤退を指揮した。1991年9月、ベトナム人民軍政治総局主任に任命された。

1992年、彼は上将の階級に昇進した。

政治歴[編集]

レ・カ・フュー書記長とウラジーミル・プーチン大統領 (ハノイ、2001年)

1991年6月の第7回党大会において、党中央委員会委員に選出。軍においては、党中央軍事委員会常務委員となる。

1992年6月、第7期党中央委員会第3回総会において、書記局員に選出。1994年1月、臨時党大会時、党中央委員会特別総会により、政治局員に選出された。

レ・カ・フュー及びレ・ドゥック・アインら軍人の指導部内での台頭には、党中央にとってカンボジアからの撤退、さらには兵力の削減には軍幹部の協力が必要であり、そのため第7回党大会で軍人の中央委員が増加したことがその背景にある[1]と分析される。

1996年6月、第8回党大会において、政治局員及び政治局常務委員に選出。1997年12月26日、第8期党中央委員会第4回総会において、党中央委員会書記長に選出された。

第9期、第10期国会において、議員に選出。

書記長任期中の1999年5月19日、レ・カ・フューは、汚職と闘い、清廉で強力なベトナム共産党をめざした「批判・自己批判キャンペーン」を宣言した[2]

2001年4月、第9回党大会において書記長を退任した。

2009年1月末、旧正月元旦の際に、レ・カ・フュー私邸の一連の画像がインターネット上に投稿された[3]米国の複数筋によれば、この画像は世論に影響を与え[4]、ベトナム共産党の内部に衝撃を与えた[5]、とされる。

脚注[編集]

  1. ^ 木村(2005年)、109頁
  2. ^ 牛山(2004年)、183ページ
  3. ^ 指導者を訪ねる” (ベトナム語). BBC. 2009年2月5日閲覧。
  4. ^ 国民の「奉仕者」として知られる人々の写真” (ベトナム語). RFA. 2009年2月5日閲覧。
  5. ^ レ・カ・フュー私邸の写真がインターネットに公開され、共産党政治局は「怒り心頭」” (ベトナム語). Người Việt Online. 2009年2月5日閲覧。

参考文献[編集]

外部リンク[編集]

先代:
ドー・ムオイ
ベトナム共産党書記長
1997年 - 2001年
次代:
ノン・ドゥック・マイン