レヴォル・ブーニン

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レヴォル・ブーニン(右)とルドルフ・バルシャイ(1968年頃)

レヴォル・ブーニンキリル文字Револь Самуилович Бунин, ラテン文字Revol Samuilovich Bunin1924年4月6日 - 1976年6月3日)は、ロシア作曲家

生涯[編集]

モスクワ出身。両親がロシア革命の支持者だったので、「革命(レヴォリューション)」からレヴォルと名付けられた。 幼時から音楽に興味を示し、1941年モスクワ音楽院に入学し、ヴィッサリオン・シェバリーンドミートリイ・ショスタコーヴィチに師事した。1945年に卒業したのちは、レニングラード音楽院でショスタコーヴィチのアシスタントとなった。しかし1948年、ショスタコーヴィチが「形式主義者」の烙印を押されて教職を追放されると、ブーニンも音楽院を去った。その後、音楽出版社に勤務したのち、1953年からはフリーランスの作曲家として活動した。喘息に苦しみつつ52歳の若さで死去した。

作風[編集]

ブーニンの作風は師のショスタコーヴィチの影響を強く受けている。そのうえで和声ポリフォニーリズムなどの面で独自性を打ち出した。穏健な十二音音楽を採用し、適度にアヴァンギャルドの要素を取り入れた。

作品[編集]

管弦楽曲[編集]

  • 交響曲第1番(1943)
  • 交響曲第2番(1945)
  • 交響曲第3番(1957)
  • 交響曲第4番(1959)
  • 交響曲第5番(1961)
  • 交響曲第6番(1966)
  • 交響曲第7番(1969)
  • 交響曲第8番(1970)
  • 交響曲第9番(1974)

協奏曲[編集]

  • ヴィオラとオーケストラのための詩曲(1952)
  • ヴィオラ協奏曲(1953)
  • オルガンと室内オーケストラのための協奏曲(1961)
  • ピアノ協奏曲(1963)
  • ヴァイオリン協奏曲(1972)

オペラ[編集]

  • オペラ『仮面舞踏会』(1944)

室内楽曲[編集]

  • 弦楽四重奏曲第1番(1944)
  • ピアノ五重奏曲(1946)
  • ピアノ三重奏曲(1946)
  • ヴァイオリンとピアノのためのソナタ(1955)
  • ヴィオラとピアノのためのソナタ ニ短調 Op.26 (1955)
  • ヴィオラとピアノのための組曲(1955)
  • 弦楽四重奏曲第2番(1955)

ピアノ曲[編集]

  • ソナチネ(1939)
  • パルティータ第1番(1947)
  • パルティータ第2番(1951)
  • ピアノソナタ(1971)