リヒャルト・ジグモンディ

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ノーベル賞受賞者 ノーベル賞
受賞年:1925年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:コロイド溶液の研究およびコロイド化学の確立

リヒャルト・アドルフ・ジグモンディ(Richard Adolf Zsigmondy, ハンガリー名:ジグモンディ・リハールド・アードルフZsigmondy Richárd Ádolf, 1865年4月1日 - 1929年9月23日)はオーストリア・ハンガリー二重帝国(現オーストリアウィーン出身のマジャル人化学者。1925年ノーベル化学賞を受賞した。には彼の名にちなんだクレーターがある。

化学者を父として生まれるが1880年に父を亡くし、母の手によって教育を受けた。高等学校では化学と物理学に興味を持ち、自宅で実験をするようになった。ウィーン大学医学部に入学するもウィーン工科大学ミュンヘン大学へと移籍し、化学を学んだ。ミュンヘン大学ではヴィルヘルム・フォン・ミラーに師事し、研究に勤しんだ。その後ベルリン大学アウグスト・クントの下につき、次いで1893年に助教授として故郷オーストリアのグラーツ大学に移った。グラーツでの研究はガラスのコロイド溶液の研究を行った。その後、金のヒドロゾル溶液の研究を通して、新型の顕微鏡の開発を行っている。グラーツからゲッティンゲン大学へ移り、そこでコロイドの研究によってノーベル化学賞を受賞し、そこで没した。

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