ヨーゼフ・デッサウアー

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ヨーゼフ・デッサウアー
Josef Dessauer
Ludwig Angerer撮影}
基本情報
出生 1798年5月28日
チェコの旗 チェコプラハ
死没 1876年7月8日(満78歳没)
オーストリアの旗 オーストリアメートリング
職業 作曲家ピアニスト

ヨーゼフ・デッサウアーJosef Dessauer, 1798年5月28日 プラハ - 1876年7月8日 メートリング)はオーストリア帝国作曲家ボヘミアの裕福なユダヤ系の家庭に生まれ、同地でピアノをフリードリヒ・ディオニュス・ヴェーバーに、作曲をトマーシェクに師事。歌曲作家として活動を始め、多くの声楽曲によって評価を得る。その後オペラの作曲に転ずるも、ごくわずかな作品しか上演されず、さほど成功しなかった。

1821年ウィーンに定住して、ヨーロッパ各地で演奏旅行を行なった。

ショパン作品26の「2つのポロネーズ」をデッサウアーに献呈し、リストはデッサウアーの3つの歌曲をピアノ用に編曲した(S.485)。

作品[編集]

声楽曲[編集]

  • "Verschwiegenheit"
  • "Das Gebet"
  • "Wie Glücklich"
  • "Am Strande"
  • "Ich Denke Dein"
  • "Das Zerbrochene Ringlein"

歌劇[編集]

  • 1836年 - "Lidwinna"
  • 1838年 - "Ein Besuch in St. Cyr"
  • 1851年 - "Paquita"
  • 1860年 - "Dominga"
  • 作曲年不詳 - "Oberon" (上演されず)