ミコラ・アザロフ

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ウクライナの旗 ウクライナの政治家
ミコラ・アザロフ
Микола Азаров
Mykola Azarov 27 April 2010-1.jpeg
生年月日 1947年12月17日(66歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of Russian SFSR.svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国 カルーガ
出身校 モスクワ大学
所属政党 地域党
配偶者 リュドムィラ・アザロフ

ウクライナの旗 第14代首相
任期 2010年3月11日 - 2014年1月28日
大統領 ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ

任期 2004年12月7日 – 2004年12月28日
2005年1月5日 - 2005年1月25日
大統領 レオニード・クチマ
ヴィクトル・ユシチェンコ
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ミコラ・アザロフウクライナ語:Микола Янович Азаровムィコーラ・ヤーノヴィチ・アザーロウ1947年12月17日 - )は、ウクライナ政治家。同国前首相(第15代)。2002年から2005年まで、また2006年から2007年まで第一副首相と財務相を、また2004年末と2005年初頭の2回にわたって首相代理を務めている。2010年の大統領選挙にてヴィクトル・ヤヌコーヴィチが勝利したことに伴い、彼の後任として地域党党首となり、2010年3月に首相に任命された[1][2]

来歴[編集]

ソビエト連邦ロシア共和国(現ロシア連邦カルーガにて誕生。モスクワ大学を卒業し、地質鉱物学で博士号を取得する。1971年にリュドムィラと結婚。1984年、永住するためウクライナに引っ越す。

政界入り[編集]

1995年から1997年にかけて、ヴェルホーヴナ・ラーダ(ウクライナ議会)の予算委員会の代表を努める。また長い間(1996年から2002年)、州の税務管理のトップも務めた。逝去したキルマ大臣と共に、レオニード・クチマ大統領の2期の任期の間、非常に緊密な関係を維持した。

政治家というよりむしろテクノクラート(技術官僚)として、2002年11月下旬に発足したヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権にて第一副首相と財務相に就任する。ヤヌコーヴィチ政権では経済改革として会計、税金、年金といった制度、そして規制緩和が実現した。年間のGDP成長は2003年に9.6%、2004年に12.1%を達成し(ちなみに2005年は2.7%にとどまった)、資本投資もそれぞれ31.3%、28.0%を達成した(2005年は1.9%)。

2004年大統領選挙に伴う混乱でヤヌコーヴィチ首相がクチマ大統領より休暇を言い渡された2004年12月7日から12月28日まで首相代理に就任。選挙ののち、ヤヌコーヴィチは首相としての職務を再開しようとしたが不可能となり、12月31日に退陣を表明した。2005年1月5日に内閣総辞職し、アザロフは再び首相代理に就任。ヴィクトル・ユシチェンコが大統領に就任するまでの期間を勤め、2005年1月24日ユーリヤ・ティモシェンコが後継首相に就任したことで退任した。

その後もアザロフはヤヌコーヴィチの側近として強い政治力を保持し、彼の政党「地域党」に所属する下院議員として活動。2006年8月4日にヤヌコーヴィチが再び首相に就任した際には、第一副首相と財務相に再び就任した。

2010年の大統領選挙ののち[3][4]、次期大統領となったヤヌコーヴィチは2010年2月21日に首相候補として3人の名前を挙げる。Sergei Tigipko (en)、「われらのウクライナ」のArseniy Yatsenyuk (en)、そしてアザロフである[3]

2010年3月11日、ウクライナ議会は首相にアザロフを任命[5][6]。343議員のうちの242票を獲得した[5]

2014年1月28日、施行されていたデモ規制法に対する国内外の混乱を受け、政治危機の打開を図り、国の結束を保持するためとして首相の辞任を発表した[7]

文化的、政治的イメージ[編集]

アザロフはウクライナ語を十分には話せないが[8][9]、2010年3月に政権が発足する際には、ウクライナ語を話すと保障している[9]。2010年3月11日付のイギリスのガーディアン紙では、彼を新政権の中で最もロシア好きな人物であるとしている。同じ記事では、匿名のウクライナ人職員が「彼は非常に退屈であり、大衆受けしない人物だ」と述べている[10]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

公職
先代:
オレクサンドル・トゥルチノフ
(代行)
ウクライナの旗 ウクライナ首相
第14代:2010 - 2014
次代:
セルゲイ・アルブゾフ英語版
(代行)
先代:
ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ
ウクライナの旗 ウクライナ首相
(代行):2005
次代:
ユーリヤ・ティモシェンコ
先代:
ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ
ウクライナの旗 ウクライナ首相
(代行):2004
次代:
ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ
先代:
Stanislav Stashevsky (en)
ウクライナの旗 ウクライナ第一副首相
2006 - 2007
次代:
オレクサンドル・トゥルチノフ
先代:
Viktor Pynzenyk (en)
ウクライナの旗 ウクライナ財務相
2006 - 2007
次代:
Viktor Pynzenyk (en)
党職
先代:
(創設)
Volodymyr Semynozhenko (en)
地域党党首
2001
2010
次代:
ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ
Oleksandr Yefremov