ミコラ・アザロフ
| ミコラ・アザロフ Микола Янович Азаров |
|
| ファイル:Azarov Mykola Azarov.jpg |
|
|
|
|
| 任期: | 2010年3月11日 – |
|---|---|
| 元首: | ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ大統領 |
|
|
|
| 任期: | 2005年1月5日 – 2005年1月25日 |
| 元首: | レオニード・クチマ大統領 ヴィクトル・ユシチェンコ大統領 |
| 任期: | 2004年12月7日 – 2004年12月28日 |
| 元首: | レオニード・クチマ大統領 |
|
|
|
| 出生: | 1947年12月17日(65歳) カルーガ |
| 政党: | 地域党 |
| 配偶者: | リュドムィラ・アザロフ |
ミコラ・アザロフ(ウクライナ語:Микола Янович Азаровムィコーラ・ヤーノヴィチ・アザーロウ、1947年12月17日 - )は、ウクライナの政治家。現在、同国首相(第15代)。2002年から2005年まで、また2006年から2007年まで第一副首相と財務相を、また2004年末と2005年初頭の2回にわたって首相代理を務めている。2010年の大統領選挙にてヴィクトル・ヤヌコーヴィチが勝利したことに伴い、彼の後任として地域党党首となり、2010年3月に首相に任命された[1][2]。
目次 |
来歴 [編集]
ソビエト連邦ロシア共和国(現ロシア連邦)カルーガにて誕生。モスクワ大学を卒業し、地質鉱物学で博士号を取得する。1971年にリュドムィラと結婚。1984年、永住するためウクライナに引っ越す。
政界入り [編集]
1995年から1997年にかけて、ヴェルホーヴナ・ラーダ(ウクライナ議会)の予算委員会の代表を努める。また長い間(1996年から2002年)、州の税務管理のトップも務めた。逝去したキルマ大臣と共に、レオニード・クチマ大統領の2期の任期の間、非常に緊密な関係を維持した。
政治家というよりむしろテクノクラート(技術官僚)として、2002年11月下旬に発足したヴィクトル・ヤヌコーヴィチ政権にて第一副首相と財務相に就任する。ヤヌコーヴィチ政権では経済改革として会計、税金、年金といった制度、そして規制緩和が実現した。年間のGDP成長は2003年に9.6%、2004年に12.1%を達成し(ちなみに2005年は2.7%にとどまった)、資本投資もそれぞれ31.3%、28.0%を達成した(2005年は1.9%)。
2004年大統領選挙に伴う混乱でヤヌコーヴィチ首相がクチマ大統領より休暇を言い渡された2004年12月7日から12月28日まで首相代理に就任。選挙ののち、ヤヌコーヴィチは首相としての職務を再開しようとしたが不可能となり、12月31日に退陣を表明した。2005年1月5日に内閣総辞職し、アザロフは再び首相代理に就任。ヴィクトル・ユシチェンコが大統領に就任するまでの期間を勤め、2005年1月24日にユーリヤ・ティモシェンコが後継首相に就任したことで退任した。
その後もアザロフはヤヌコーヴィチの側近として強い政治力を保持し、彼の政党「地域党」に所属する下院議員として活動。2006年8月4日にヤヌコーヴィチが再び首相に就任した際には、第一副首相と財務相に再び就任した。
2010年の大統領選挙ののち[3][4]、次期大統領となったヤヌコーヴィチは2010年2月21日に首相候補として3人の名前を挙げる。Sergei Tigipko (en)、「われらのウクライナ」のArseniy Yatsenyuk (en)、そしてアザロフである[3]。
2010年3月11日、ウクライナ議会は首相にアザロフを任命[5][6]。343議員のうちの242票を獲得した[5]。
文化的、政治的イメージ [編集]
アザロフはウクライナ語を十分には話せないが[7][8]、2010年3月に政権が発足する際には、ウクライナ語を話すと保障している[8]。2010年3月11日付のイギリスのガーディアン紙では、彼を新政権の中で最もロシア好きな人物であるとしている。同じ記事では、匿名のウクライナ人職員が「彼は非常に退屈であり、大衆受けしない人物だ」と述べている[9]。
脚注 [編集]
- ^ Янукович припинив членство у Партії регіонів: Новини УНIАН
- ^ Yanukovych suspends his membership in Party of Regions, hands over party leadership to Azarov、キーウ・ポスト(2010年3月3日)
- ^ a b Yanukovych has yet to secure ruling majority in parliament、キーウ・ポスト (2010年2月25日)
- ^ Ukraine: Tymoshenko vows to contest election result, BBCニュース(2010年2月15日)
- ^ a b Azarov became Prime Minister、Ukrainian Independent Information Agency(2010年3月11日)
- ^ Ukrainian President Viktor Yanukovych forms coalition, BBCニュース, (2010-03-11).
- ^ Newsmaker: Ukraine prime minister nominee is close ally of president、キーウ・ポスト(2010年3月11日)
- ^ a b Azarov of Party of Regions swears speaking Ukrainian if appointed prime minister、キーウ・ポスト(2010年3月11日)
- ^ Ukraine's new government puts final nail in coffin of the Orange Revolution、ガーディアン(2010年3月11日)
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 公式サイト
- “Official 人物紹介”. 2006年9月11日閲覧。
- ヤヌコーヴィチ一族・アザロフ
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: オレクサンドル・トゥルチノフ (代行) |
第15代:2010 - |
次代: (現職) |
| 先代: ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ |
(代行):2005 |
次代: ユーリヤ・ティモシェンコ |
| 先代: ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ |
(代行):2004 |
次代: ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ |
| 先代: Stanislav Stashevsky (en) |
2006 - 2007 |
次代: オレクサンドル・トゥルチノフ |
| 先代: Viktor Pynzenyk (en) |
2006 - 2007 |
次代: Viktor Pynzenyk (en) |
| 党職 | ||
| 先代: (創設) Volodymyr Semynozhenko (en) |
地域党党首 2001 2010 |
次代: ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ Oleksandr Yefremov |