ボビー・ジンダル

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ボビー・ジンダル
Piyush "Bobby" Jindal
Bobby Jindal, official 109th Congressional photo.jpg
生年月日 1971年6月10日(42歳)
出生地 ルイジアナ州
出身校 ブラウン大学オックスフォード大学
所属政党 共和党

アメリカ合衆国の旗 第55代ルイジアナ州知事 Louisiana state flag.png
任期 2008年1月14日 -

選挙区 ルイジアナ州第1選挙区
当選回数 2回
任期 2005年1月3日 - 2008年1月14日
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ピユシュ・"ボビー"・ジンダル: Piyush "Bobby" Jindal1971年6月10日 - )は、アメリカ合衆国政治家共和党所属)。現職の第55代ルイジアナ州知事。

インド系としては史上2人目の連邦議会議員(下院、2004年 - 2008年)を経て、2008年に歴代最年少の36歳でルイジアナ州知事となった。インド系としては史上初、アジア系としてはハワイ州知事を務めたジョージ・アリヨシ(日系)、ベン・カエタノ(フィリピン系)、ワシントン州知事を務めたゲイリー・ロック(中華系)に続いて4人目の州知事。

生い立ち[編集]

パンジャーブ州から移民して間もない両親の間に、ルイジアナ州バトンルージュで生まれた。父はエンジニア、母は州立大学で物理学を学ぶ大学院生であった。4歳の時、人気TVシリーズ「ブラディー・バンチ」のキャラクターに因んで「ボビー」という愛称を名乗り、以来通称として定着している。ヒンドゥー教徒であったが、高校生でカトリックに改宗している。

ブラウン大学生物学公共政策で優等の学位を得て卒業、ローズ奨学生としてオックスフォード大学ニューカレッジで政治学の修士号を取得し、マッキンゼー・アンド・カンパニーにヘルスケア関連のコンサルタントとして勤務した。コンサルタントとして、同じインド人実業家であるラクシュミー・ミッタルとともに仕事をした経験もある。

公職[編集]

1995年、かつてインターンとして仕えていたことのあるマクレーリー下院議員(共和党)の紹介により、当時のフォスター・ルイジアナ州知事(共和党)の知遇を得、翌年州の健康病院局長に任命された。3年の任期中に破綻状態にあった州メディケア・システムの黒字化を達成した。その後合衆国の超党派メディケア改革委のメンバーや、ルイジアナ大学システムの総長といった職務を経て、2001年、ブッシュ大統領により、連邦政府の保健社会福祉省次官補に抜擢され、2003年まで勤務した。

2003年ルイジアナ州知事選挙に出馬するが落選。翌年連邦下院議員選に出馬し、当選を果たした。2006年には88%の得票を得て再選。2007年ルイジアナ州知事選挙に出馬し当選、翌2008年1月、第55代ルイジアナ州知事に就任した。

選挙戦ではハリケーンカトリーナを巡る州政府の対応を批判するとともに、州組織の不透明さが州への投資を阻んでいるとして、一連の「倫理改革」 (ethics reform) を提唱。2008年2月には倫理改革の具体化として、選挙資金の是正、利益相反への対処、ロビー活動の適正化、情報公開など州政府のあらゆる面での透明化を主張し、議会への支持を訴えた。

人工妊娠中絶や同性婚問題などにおいて、概して保守的な主張をとる社会保守派であるが、インド系というエスニシティや州改革への大胆なアプローチによって、党派を超えた支持を得ている。

2008年アメリカ大統領選挙において、保守系の人気ラジオパーソナリティーであるラッシュ・リンボーが、ジンダルを副大統領候補に擬する発言をして以降、米メディアでその可能性が盛んに報じられた。共和党指名候補であるジョン・マケインの高齢や、保守派への受けの悪さを補うとともに、民主党候補であるバラク・オバマの対抗馬としてマイノリティへのアピールが可能である点などが指摘され、5月にはマケインが他の副大統領候補とされている人物らとともに、ジンダルをパーティーに招待して憶測を呼んだが、実現しなかった。その後は2012年大統領選の共和党候補に推す声が一部で高まっているが、2008年12月にその可能性を問われたジンダルは、11年の知事選再選を目指すことを理由に、否定的な考えを示している。

オバマ大統領就任直後の2009年2月、大統領議会演説に対する共和党の反論演説 (opposition speech) に抜擢され、名実ともに同党のホープと位置づけられた。また、同演説は全米にTV中継され、ジンダルにとって事実上の全国デビューとなった。しかし演説は共和党の原則をなぞったに過ぎず、ジンダルにも硬さが見られ、事前の大きな期待に応えられなかったという評価が多い。小さな会場での直接的なコミュニケーション能力に定評があるジンダルにとって、不特定多数の聴衆に訴えかける能力を磨くことが、今後克服すべき課題であると指摘された。[1]

家族[編集]

1997年にスプリヤ・ジョリーと結婚、3人の子供を儲けた。

参照[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

先代:
キャスリーン・ブランコ
Louisiana state flag.png ルイジアナ州知事
第55代: 2008 -
次代: