フランティシェク・ノイマン

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フランティシェク・ノイマン(František Neumann, 1874年6月16日 - 1929年2月25日[1][2]は、チェコ出身の指揮者作曲家

モラヴィア地方のプルジェロフに生まれた。プロスチェヨフクルディム英語版の学校に通い、プラハで音楽を学ぶ。オロモウツで父親の燻製肉事業を手伝うも、1896年にライプツィヒ音楽院に入学し、カール・ライネッケザロモン・ヤーダスゾーンに師事。1898年にはカールスルーエフェリックス・モットルの助手をし、ハンブルクの歌劇場で練習指揮者となった。その後、レーゲンスブルクリンツリベレツテプリツェなど各地の歌劇場を渡り歩き、1919年から亡くなるまでブルノ国立劇場の音楽監督を務めた。

レオシュ・ヤナーチェクの作品の擁護者であり、『カーチャ・カバノヴァー英語版』『利口な女狐の物語』など4作のオペラの初演に関与している。

自らの作品には11のオペラ、2つのバレエ曲、2つのカンタータなどがある。

脚注[編集]

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