フランツ・ヨーゼフ2世

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フランツ・ヨーゼフ2世
Franz Josef II.
リヒテンシュタイン公
フランツ・ヨーゼフ2世

先代 フランツ1世
次代 ハンス・アダム2世

出生 1906年8月16日
Flag of Austria-Hungary 1869-1918.svg オーストリア=ハンガリーシュタイアーマルクドイチュランツベルク、フラウエンタール城
死亡 1989年11月13日(満83歳没)
Flag of Switzerland.svg スイスグラブス
埋葬 リヒテンシュタインファドゥーツファドゥーツ大聖堂
実名 Franz Joseph Maria Aloys Alfred Karl Johannes Heinrich Michael Georg Ignaz Benediktus Gerhardus Majella
フランツ・ヨーゼフ・マリア・アロイス・アルフレート・カール・ヨハネス・ハインリヒ・ミヒャエル・ゲオルク・イグナツ・ベネディクトゥス・ゲルハルドゥス・マイェラ
王室 リヒテンシュタイン家
父親 アロイス・フォン・リヒテンシュタイン
母親 エリーザベト・アマーリエ・フォン・エスターライヒ
配偶者 ゲオルギーナ・フォン・ヴィルツェク
子女
ハンス・アダム2世
フィリップ・エラスムス
ニコラウス
ノラ
フランツ・ヨーゼフ
居所 ファドゥーツ城
信仰 キリスト教カトリック教会

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フランツ・ヨーゼフ2世ドイツ語: Franz Josef II.1906年8月16日 - 1989年11月13日)は、リヒテンシュタイン(侯爵とも、在位:1938年7月25日 - 1989年11月13日)。アロイス2世の曾孫。1938年フランツ1世の死去により即位。大伯父のオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世が名付け親であることでも知られる。

[編集] 生涯

ナチス・ドイツ政権が誕生した際、リヒテンシュタイン国内でもナチズム勢力が増大していたが、フランツ・ヨーゼフ2世は君主大権を行使して総選挙を無期限延期とし、リヒテンシュタインがナチズム化するのを未然に防いだ。自らも1938年に公領の首都ファドゥーツに居を移し、以来リヒテンシュタイン公はファドゥーツに住まうこととなる。

[編集] 関連項目

先代:
フランツ1世
リヒテンシュタイン公
1938年 - 1989年
次代:
ハンス・アダム2世
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