フランシスコ・デ・アルメイダ
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フランシスコ・デ・アルメイダ (Francisco de Almeida,1450年 - 1510年3月1日)は、ポルトガルの軍人。
リスボンに生まれ、軍人としてイスラム教徒と戦い、1505年にマヌエル1世によりインド総督(副王)に特別昇格された。アフリカ東岸、モザンビーク、インド南西岸コチンなどの築城をおこなった。マラッカに使節を派遣して、香料の集荷と通商路の防衛に努めた。
1508年、イスラムとの戦いで息子ロレンソを殺され、同年着任した後任のインド総督アフォンソ・デ・アルブケルケを投獄して、イスラムとの復讐戦をおこなった。1509年2月ディウ沖においてマムルーク朝海軍を全滅させ、アルブケルケに地位を譲った。
1510年、ポルトガルへの帰途途中、喜望峰の西に位置する給水地サルダーニャにて現地民との争いにより戦死、同地に埋葬された。
