フォガット
| フォガット | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| ジャンル | ロック |
| 活動期間 | 1971年~1985年 1994年~現在 |
| レーベル | ベアズヴィル・レコード |
| 公式サイト | Foghat.com |
| メンバー | |
| ロジャー・アール(ds.) クレイグ・マグレガー(b.) チャーリー・ハーン(vo.) ブライアン・バセット(gt.) |
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| 旧メンバー | |
| ロンサム・デイヴ・ペヴァレット(vo., gt.) ロッド・プライス(gt.) トニー・スティーヴンズ(b.) ニック・ジェイムソン(b.) エリック・カートライト(gt.) |
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フォガット (Foghat)は、1970年代初頭に結成されたロック・バンド。メンバーは、イギリス出身ながら、アメリカのサザンロックにも通ずるツイン・リード・ギターを押し出した土臭いハードなブギー・サウンドを特長としている。"Fool for the City"などのヒットを飛ばし、1970年代のアメリカを中心に人気を博した。
目次 |
歴史 [編集]
1971年、当時イギリスのブルースロック・バンド、サヴォイ・ブラウンのメンバーだったロンサム・デイヴ・ペヴァレット(vo., gt.)、ロジャー・アール(ds.)、トニー・スティーヴンズの3人がバンドを脱退し、ギターにロッド・プライスを加えてフォガットを結成する。1972年、アメリカのレーベル、ベアズヴィルよりアルバムFoghatでデビューを果たした。このアルバムをプロデュースしたのは、同レーベル所属アーティストでもあったトッド・ラングレンだった。中でも、冒頭を飾るブルースの曲"I Just Want To Make Love To You"は、原曲のイメージを一変させるツイン・リードをフィーチャーしたハードロック・バージョンであり、彼らのサウンドを象徴する代表ナンバーのひとつとなった。
翌1972年には、セカンド・アルバムを発表するが、このアルバムも内容は違うが同じくタイトルはFoghatとされた。但し、ジャケットに石(rock)とロールパン(roll)があしらわれていることから、ファーストと区別するためロックンロール、あるいはロックンロール・アルバムなどと呼ばれている。
1974年のサード・アルバムEnergizedは、ヤードバーズの"Train Kept A-Rollin' "調のHoney Hush"などを始め、よりハードにスケールアップしたナンバーが並び、フォガット・サウンドの発展の跡が窺える作品となった。
4作目のRock and Roll Outlaws発表後、トニー・スティーヴンズが脱退する。後任として、同アルバムのプロデュースを担当したニック・ジェイムソンが迎え入れられ、バンドは次のアルバムFool for the City (1975年) をリリースする。このアルバムは"Slow Ride"が全米トップ40に食い込むなど、バンド最大のヒットを記録した。同作発表後ジェイムソンが脱退、カリフォルニア出身のクレイグ・マクレガーが加入する。新ラインアップで、Night Shift (1976年) 、そしてバンド初のライヴ・アルバムFoghat Live (1977年) とリリースを重ねていった。特に後者はベスト・アルバム的な選曲と、オリジナルのスタジオ盤をしのぐテンションの高い演奏で、バンドの絶頂期と呼ぶに相応しい内容となっている。
1978年のStone Blueでは、ロバート・ジョンソンの"Sweet Home Chicago"、エルモア・ジェームスの"It Hurts Me Too"とストレートなブルースを取り上げているが、特に前者はロッド・プライスの豪快なスライド・ギターをフィーチャーしたハード路線で、フォガットのハードブギの健在ぶりを見せつけている。
しかしながら、以降バンドは徐々にその勢いを失っていった。1980年のTight Shoesを最後にロッド・プライスが脱退。ギターが主導的役割を果たしていたバンドのサウンドの中で、彼の抜けた穴は大きかったと言わざるを得ない。バンドは、新ギタリストエリック・カートライトを加えて活動を続行するが、続くGirls to Chat & Boys to Bounce (1981年) では、従来のようなテンションの高さを聴くことはできなくなっていた。バンドは、あと2枚アルバムを発表し、1985年には事実上の解散状態となった。
80年代の後半には、ドラマーのロジャー・アールが独自にフォガットを再結成。これに反発したロンサム・デイヴも別のフォガットを結成し活動するようになった。2つのバージョンのフォガットは、メンバーを変更しながら個別に90年代初頭まで活動を続けたが、アルバムをリリースすることはなかった。
ロジャーとデイヴが和解し、1994年、オリジナル・メンバーが再び集結して久々の新録アルバムとなるThe Return of the Boogie Menをリリースした。同作では、"I Just Want To Make Love To You"を原点に返ってブルースっぽいアプローチで再演したものが収録されている。
ロッド・プライスはこの復帰作リリースのあと再度脱退し、続くライヴ・アルバムRoad Cases (1998年) では、後任ギタリストとしてブライアン・バセットが参加している。
2000年2月7日、オリジナル・メンバーでバンドのリーダー的存在であったロンサム・デイヴがガンによって他界してしまう。もはやバンドを続行することは不可能と思われたが、バンドは後任に元テッド・ニュージェント・バンドのヴォーカリスト、チャーリー・ハーンを迎え入れ活動を続けた。2003年には、ロンサム・デイヴがいないフォガットとしては初のアルバムとなるFamily Joulesをリリースする。このあと、トニー・スティーヴンズが脱退するが、後任に再度クレイグ・マクレガーを加え、今日もバンドは活動中である。
一方、ロッド・プライスは脱退後、初のソロアルバムOpenをリリース。2005年3月22日、誤って階段から落ちた際の頭部の怪我が原因となり亡くなった。
ディスコグラフィー [編集]
- 1972年 Foghat (Bearsville)
- 1973年 Foghat 通称: ロックン・ロール (Bearsville)
- 1974年 Energized (Bearsville)
- 1974年 Rock and Roll Outlaws (Bearsville)
- 1975年 Fool for the City (Bearsville)
- 1976年 Night Shift (Bearsville)
- 1977年 Live (Bearsville)
- 1978年 Stone Blue (Bearsville)
- 1979年 Boogie Motel (Bearsville)
- 1980年 Tight Shoes (Bearsville)
- 1981年 Girls to Chat & Boys to Bounce (Bearsville)
- 1982年 In the Mood for Something Rude (Bearsville)
- 1983年 Zig-zag Walk (Bearsville)
- 1994年 The Return of the Boogie Men (Atlantic/Wea)
- 1998年 Road Cases (Unidisc)
- 2003年 Family Joules (Besh)
- 2006年 Live II (Warcon)
バンド名の由来 [編集]
Foghat (霧の帽子)という一風変わった名前は、ロンサム・デイヴが幼少期に彼の兄とスクラブル (アルファベットのコマを並べて単語を作るゲーム) で遊んでいた際に作った造語だという。ファースト・アルバムをレコーディングする際にバンド名が決まらず、デイヴがこれにしようとメンバーに提案した。[1][2]
関連事項 [編集]
- 『フール・フォー・ザ・シティ』 永野護の漫画。「Fool for the City」が物語の大きなキーになっている。
脚注 [編集]
外部リンク [編集]
- 公式サイト (英語)
- もうひとつの公式サイト (英語)