ロバート・ジョンソン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ロバート・ジョンソン
基本情報
出生名 Robert Leroy Johnson
出生 1911年5月8日
米国ミシシッピ州ヘイズルハースト
死没 1938年8月16日(満27歳没)
米国ミシシッピ州グリーンウッド
ジャンル ブルース
職業 ミュージシャン、歌手
担当楽器 ギター
活動期間 1920年代~1938年
レーベル ヴォカリオン・レコード
  

ロバート・リロイ・ジョンソン(Robert Leroy Johnson、1911年5月8日 - 1938年8月16日)は、アメリカ合衆国ミシシッピ州出身のブルースアーティスト1930年代に活躍した。同時代の多くのブルースマンたちや、その後のロックミュージシャンたちに多大な影響を与えたブルースのオリジネイターの一人である。ローリング・ストーン誌の2003年8月号のカバーストーリー「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のギタリスト」に於いて第5位。

目次

[編集] 生涯

1911年、ジョンソンはミシシッピ州ヘイズルハーストに生まれた。父親はチャールズ・ドッズ・ジュニア、母親ジュリア・ドッズだったが、ジョンソンは実は彼女の浮気相手ノア・ジョンソンとの間に生まれた子供だった。10代の頃に本当の父親の存在を知った彼は、ジョンソン姓を名乗るようになった。

1929年、まだ16歳だったヴァージニア・トラヴィスと結婚し彼女は二人の子を身篭るが、翌1930年、ヴァージニアは出産の際に子供とともに亡くなってしまう。

アコースティック・ギター一本でブルースを弾き語りして、アメリカ大陸中を渡り歩いた。当時の聴衆はそのギター・テクニックが巧みなのに驚き、「十字路で悪魔に魂を売り渡して引き換えにテクニックを身につけた」という伝説が広まった。これが彼について語られる「クロスロード伝説」である。

1936年11月、ジョンソンはテキサス州サンアントニオで初めてのレコーディング・セッションに臨み、3日間で16曲をレコーディングした。1937年6月には二度目のレコーディングのためにダラスに赴き、13曲を残している。彼が生涯に残したレコーディングは、この29曲(42テイク)だけである。

翌1938年にジョンソンは、27歳の短い生涯を閉じている。彼の死因については諸説がありはっきりしない。一説では夫のいる女性に手を出したため、27歳の時にストリキニーネで毒殺された、情事を夫に目撃されてその場で刺し殺されたなどと噂されているが、ジョンソンの妹は病死だったと語っている。上記のクロスロード伝説では、彼を殺したものは悪魔であると語られている。亡くなったミシシッピ州グリーンウッドの町役場に提出された彼の死亡届では、彼の死因欄には「No Doctor」とのみ記載されている。

1938年暮れ、プロデューサーのジョン・ハモンドがカーネギー・ホールでの開催を予定していた「スピリチュアル・トゥ・スウィング・コンサート」にジョンソンを出演させるため、彼を捜してまわったが、そのときにはジョンソンは他界していた。

1961年にジョンソンのレコーディングがLP(King of Delta Blues Singers)でリリースされ、ジョンソンの音楽は注目を集めるようになった。

1989年には、初めてジョンソンの写真が公開され話題を呼んだ。そして翌1990年には、これまで未発表だった別テイクも収録したThe Complete Recordingsがリリースとなる。このジャケットに使われていた写真は前年公開されたものとは別のもので、これもここで初めて披露されたものであった。今日まで、ジョンソンの写真として一般に知られているのはこれら二点のみである。

ジョンソンは一人の息子をもうけ、彼の孫は今もヘイズルハースト近郊に住んでいる。

[編集] ディスコグラフィー

  • 1961年 The King of Delta Blues Singers (Columbia)
  • 1970年 The King of Delta Blues Singers, Vol. 2 (Columbia)
  • 1990年 The Complete Recordings (Columbia/Legacy)

[編集] 関連する作品

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク