フェルナンド・ニコラス・オリバ
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | フェルナンド・ニコラス・オリバ | |||||
| 愛称 | オリバ | |||||
| ラテン文字 | Fernando Nicolas Oliva | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1971年9月26日(41歳) | |||||
| 身長 | 180cm | |||||
| 体重 | 80kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW/MF | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
フェルナンド・ニコラス・オリバ(Fernando Nicolas Oliva、1971年9月26日-)はアルゼンチン出身のサッカー選手。ポジションはFW、MF。元アルゼンチンB代表
目次 |
経歴 [編集]
セントラル・コルドバから1996年に清水エスパルスに入団。その年のヤマザキナビスコカップ優勝に貢献。来日時は中盤ならどこでもこなせるオールラウンドプレーヤーとのふれこみだったが、日本ではFW、攻撃的MFとしてプレーした。高い技術とアイデア溢れる独創的なプレー、さらには体躯を活かしたパワフルなプレーをも併せ持ち、清水の得点源として活躍。清水史上最高の外国人選手という声もある。
1999年にいったん母国に戻るものの、翌年清水に復帰。しかしこの時期は攻撃陣が安永聡太郎・久保山由清らに固定されており、さらに古傷の膝の状態も芳しくかったためトップフォームには程遠く、不完全燃焼のまま2000年7月末をもって退団した。
所属クラブ [編集]
- 1990年-1996年 アトレチコ・セントラル・コルドバ
- 1996年-1998年 清水エスパルス
- 1998年-2000年 タジェレス・デ・コルドバ
- 2000年-2001年 清水エスパルス
個人成績 [編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| アルゼンチン | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1990-1991 | アトレチコ・セントラル・コルドバ | ||||||||||
| 1991-1992 | |||||||||||
| 1992-1993 | |||||||||||
| 1993-1994 | |||||||||||
| 1994-1995 | |||||||||||
| 1995-1996 | |||||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1996 | 清水 | - | J | 18 | 5 | ||||||
| 1997 | 8 | 22 | 13 | ||||||||
| 1998 | 8 | 27 | 21 | ||||||||
| アルゼンチン | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 1998-1999 | タジェレス・デ・コルドバ | 14 | 5 | ||||||||
| 1999-2000 | 20 | 4 | |||||||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2000 | 清水 | 12 | J1 | 5 | 1 | ||||||
| 2001 | 5 | 0 | 0 | ||||||||
| 通算 | アルゼンチン | ||||||||||
| 日本 | J1 | 72 | 40 | ||||||||
| 総通算 | |||||||||||
その他の公式戦
- 1996年
- サントリーカップ 1試合0得点