ノート:無限の住人/過去ログ1

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「利用者:Metronome」が「利用者:頭痛」のソックパペットであった事実について

情報 下記のほとんどの議論に参加している利用者:Metronome』は、『利用者:頭痛』と同一人物の悪質なソックパペットです。個人的な都合で公開に消極的な(というか、同一人物であることを隠蔽しようとしている)ようですが、監視逃れおよび履歴分断の防止と、議論の公正性を保つため、両アカウントが同一人物であることを明記しておきます。なお、利用者:Metronomeの本アカウントである利用者:頭痛は、『多重アカウントの不正使用』及び『コミュニティを疲弊させる利用者』などを理由として、Wikipedia:投稿ブロック依頼/頭痛 20140729にて『無期限ブロック』に処されたため、当然ながら同一人物の別アカウントである利用者:Metronomeの今後の議論への参加は『不可能である』旨を記しておきます。--Nanafa会話2014年8月12日 (火) 03:11 (UTC)

名前の由来について

登場人物名の由来が書かれていましたが、すべて除去しました。蓋然性の高いものも多いですが、ほとんどは掲載誌の欄外で担当編集者によってほのめかされているといった程度でありWikipedia:検証可能性を満たしておりません。以前から気になっていた部分で別に害はないかと思い放置しておりましたが、元ネタの記載方法をめぐって議論がおこりましたのでこの際厳密に方針に沿うべきと判断しました。先立つ議論として利用者‐会話:Nin-Exhumedをお読みください。

なお考えうる反論として「他の漫画項目には書かれている」というのがありますが、「他がやっている」というのは妥当性の理由にはならないことをあらかじめ述べておきます。Wikipedia:独自研究は載せないなども参照してください。名前の元ネタを知りたい、書きたいという方は外部リンク先のファンサイトなど外部サイトを利用してください。なおWikipedia:信頼できる情報源に該当する出典が存在するのであれば「元ネタ」の記載は可能です。--Metronome 2008年7月5日 (土) 07:19 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

登場人物の紹介について

登場人物の項目にコメントで「この上は主人公とその周辺人物を置いています。移動しないでください」とありますが、町や八百比丘尼は、物語の初期にしか登場していません。物語の中心に関わっておらず、今後も記事の発展性が薄い人物(八百比丘尼は今後再登場するかもしれませんが)は、主人公周辺に記述するより、その他の項目に記述した方がよいと思います。とくに異論がなければ移動しますが、いかがでしょうか。--日日草 2009年12月28日 (月) 01:35 (UTC)

提案から数日が経過しましたが、異論がないようですので、提案に賛同していただけたとみなして、記事の発展性が薄い人物をその他の項目に移動しました。--日日草 2010年1月3日 (日) 08:38 (UTC)
その後、利用者:Metronome利用者:頭痛のソックパペット)が勝手かつ強引に改変した模様ですが、こちらで同様の提案をしたうえで、無限の住人の登場人物と武器の一覧にて再度移動させましたことをご報告申し上げます。ちなみに八百比丘尼は再度登場していますが、その他でかまわないと思います。--Nanafa会話2014年8月21日 (木) 01:26 (UTC)

記述の除去に関して

ここ数日で5000バイト近く削られてしまったようですが、ちょっと待ってもらえませんか。あらすじに関しては少々書きすぎた感はありましたので、なるべくネタバレを回避したいということであればある程度のスリム化には賛成しますが、除去後の内容[1]では記述を削りすぎて章と章との間がどうつながっているのかまったくわからず、「あらすじ」としての体をなしていません。長編なのですから話の展開を説明するのに最低限のネタバレは避けられませんし、それにわざわざ「ネタバレ」テンプレートを貼っているのですから、「天津の襲撃に失敗して尸良と仲間割れした」とかその程度のネタバレまで伏せる必要はないと思うのですが。また読者がある程度ネタバレの範囲を調節できるようにとの配慮の意味もあってあらすじと単行本巻数の対応関係を記しておいたのですが、これを除去されてしまったのはなぜでしょうか。

登場人物の位置に関して上でコメントし損ねてしまいましたが、町、八百比丘尼は登場は序盤だけとはいえ物語自体の発端に深く関わっている人物なので(回想等でも頻繁に登場します)、「その他」に分類して下に置くよりも上に置いたほうが作品の理解に役立つのではないかと思います。宗理についても同様です。--Metronome 2010年1月13日 (水) 08:20 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

Wikipedia:ネタバレWikipedia:内容に関する免責事項を見ても分かるように、Wikipediaにおいてはネタバレは禁止されておらず、記述についてはネタバレかどうかといった観点ではなく、それが主題の解説として百科事典的に有用かどうかという観点から検討すべきです。今回の記述除去に付いては要約欄にもあるように単に「重大なネタバレ」を理由に大量除去されていますので不適切な編集だったと考えます。--Web comic 2010年1月13日 (水) 08:59 (UTC)
Wikipediaにおいてネタバレが禁止されていないことは存じております。そのうえで、無制限にネタバレを加筆する必要はないと考えます。私は記事の解説として有用かどうかという点から編集をするように心がけていますが、編集の結果、5,000バイト近く容量が減少したことを、ネタバレを理由にすべて除去したと解釈されたのであれば、それは私の意図するところではないので残念です。要約欄をご覧になってネタバレを理由にすべて除去したと解釈されたのであれば、要約欄をご覧になった方が誤解されないよう、以後はより適切な表現を用いるようにします。
あらすじについて、見出しを第○幕-第○幕という区切りをされていましたが、この表現ですと見出しを見ただけではどのあたりの場面のあらすじなのか分かりにくく、最適ではないと判断して、大きな話の流れとして区切り直しました。単行本の巻数の対応関係ですが、たとえば加賀編と不死力解明編の境界が曖昧なように、本作は第一章・第二章と章立てで物語が進んでいるわけではないと思いますので、○巻から○巻までと断定するのは難しいのではないでしょうか。こちらの認識不足で、章立てされている出典が存在するのであれば、ぜひ教えていただければと思います。出典をもとに修正します。また、今のあらすじの説明が最適とは思いませんので、必要に応じて私自身加筆修正しますし、もしくはご覧になった方が加筆していただけたらと思います。
人物の紹介については、八百比丘尼や宗理は少なくとも「その他」で紹介するのは最適ではないと私も思います。しかし、万次や凛と同列に紹介するのも最適ではないと思い、万次や凛の周辺人物として新しく節をつくって編集しようかと考えていました。よい案がございましたら、ぜひ編集していただけたらと思います。--日日草 2010年1月13日 (水) 11:54 (UTC)
(追記)あらすじについては明日以降に加筆修正しようと思っていますが、その前にお話し合いできることがあればぜひ参加させていただきたいのでよろしくお願いします。--日日草 2010年1月13日 (水) 13:17 (UTC)
加筆修正もちょっとまってください。私は除去後の見出しの立て方にそもそも疑問があります。編集前の版を見れば一目瞭然だと思いますが、私は大まかな話のまとまりを区切るのに、単行本で簡単に確認できる「幕」(他の作品の「第〇話」に相当します)で表していたのです。ご覧の通りあまりすっきりした見出しの立て方ではないのですが、これはそもそも日日草さんもおっしゃるように、作品内で話が明確に区切られているわけでは必ずしもないからやむをえずそうしていたのです。しかし「幕」であれば単に該当する単行本の収録巻をそのまま示せばいいだけなのですから、「〇巻から〇巻までと断定するのは難しいのでは」という疑問のほうが変だと思います。
逆に、編集後の現在の版では例えば無骸流の登場までを「序章」として区切ったり、加賀編までを「無骸流編」として区切ったりされていますが、これらの表現のほうが出典が必要なのではないですか(私は最近作品を追っていないので、これは単に私が知らないだけかもしれませんが。そうでしたら出典の明示をお願いしたい)。
登場人物についても新たに節を設けるよりは単純に下においた方がいいと思いますが。別に主人公格として紹介しているわけではないし、各紹介文を読めばそんなことはわかりますから。その前に、天津とか凶とかも間違いなく「主要人物」なので万次や凛を「主要人物」の小見出しで括るはやめて欲しいのですが。--Metronome 2010年1月14日 (木) 02:06 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
(追記)「ネタバレ」についてですが、「無制限にネタバレを加筆する必要はない」という考えで「記事の解説として有用かどうか」を判断して編集したというのであれば、明らかに「あらすじ」としての体裁をなさなくなるような編集をなぜ行なわれたのか疑問です。その上で自分で加筆修正する、というのもおかしくないですか。日日草さんは上で登場人物の紹介位置を移動する際にわざわざ告知なさっていましたが、「あらすじの大幅改変」のようなもっと大事な大幅編集をするのに告知なしで取り掛かられたのはなぜでしょうか。--Metronome 2010年1月14日 (木) 02:12 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
あらすじについて、第○幕-第○幕が○○編と明記された公式設定資料集などがあればそれに従いますが、現状では何を基準にあらすじを区切るかという問題は解決しないと思います。あらすじはサブセクションで区切らずに、ひとつのセクションに話の流れを記述したほうがよいと思うのですが、いかがでしょうか。いろいろと試行錯誤を重ねて第○幕-第○幕という形でサブセクションを作成して区切っていったのだと思いますし、編集に時間や労力をかけてきたことに対しては敬意を抱いておりますが、明確な基準がない以上、あらすじを区切るのは難しいと思います。
また、登場人物について、天津や凶が主要人物だと私も思います。ですから、町や八百比丘尼や宗理などが彼等の上にくることには違和感があります。たしかに町や八百比丘尼は、万次が悪党の千人斬りを決意するきっかけになった人物ですし、宗理もたびたび話に関わってくることがありますが、天津や凶の方が話の流れの中心にいると私は思います。話に関わる度合いとは関係なく、町や八百比丘尼や宗理などを万次や凛の周辺人物として同じ位置に記載する場合でも、サブセクションを作成したほうがよいと思います。「登場人物」セクションの直下に万次達の紹介がきて、その下に「逸刀流」「無骸流」といったサブセクションという形は、目次の形式として最適でないと思います。
加筆についてですが、私はあらすじとしての体裁をなさなくするために編集したわけではありませんが、結果的にあらすじとしての体裁をなさなくしているという評価を受けたので、編集した私自身が修正した方がよいかと思ったのですが、それはおかしいことなのでしょうか。ノートで告知せずに編集を行ったのは、私の認識不足です。私の認識の中で、ノートに告知するという手順が今回は欠落していました。--日日草 2010年1月14日 (木) 03:32 (UTC)

(戻し)ちょっと話がかみ合ってないようです。あらすじを「第〇幕-第〇幕」と区切っているのは単にここでの便宜上のことに過ぎませんし、そんなことは読者にも見ればわかります。「第四十六幕~第七十九幕」を「加賀編」としたのはこの間に加賀が舞台になっているという明示的な理由からですし、「第九十幕~第百三十四幕」を「不死力解明編」としたのは万次の誘拐から救出までの内容がそれに相応するからです。日日草さんがおっしゃりたいのは「加賀編が厳密に46幕から79幕だと規定されているという根拠がない」ということだと思うのですが、「加賀編」「不死力解明編」という言葉自体は連載時に使われていましたし、それを副次的に示すこと自体には私は別に問題を感じません。要するに、「ここで説明している90幕から134幕までのセクションがだいたい『不死力解明編』と言われている部分に相当する」程度のことを示しているだけです。それよりも、無骸流登場までを「序章」と称したり、加賀編までを「無骸流編」と称したりすることのほうに厳密な出典が必要なのではないかということを私は伺っているのですが。

登場人物についてはそもそも「「主要人物」という名前の見出しを設けることがおかしい」という意味です。天津や凶が主要人物なら町や宗理も主要人物です。「目次の形式として最適でない」という根拠がちょっとよくわかりませんが、万次や凛の上にも見出しが欲しいのであれば「主人公とその周辺人物」くらいにしたらどうですか。あんまりいい見出しとも思えないし私は必要ないと思いますが。

「自分で加筆修正するというのはおかしくないか」というのは、「必ずしもネタバレで判断して削ったわけではない」という風に言いながら、筋がわかるようにまとまった記述がしてあったあらすじを前後のつながりがわからなくなるまで削り、その上でさらに自分で加筆修正するというのは自家撞着ではないかと言っているのです。要するに、日日草さんは「記事の解説として有用かどうかという点から編集」したと主張されていますが、私には記事の有用性ではなくネタバレ回避を最優先にして編集されたようにしか見えない、ということです。登場人物の記述を含めいったん編集前の版に戻していただくことを希望します。--Metronome 2010年1月14日 (木) 04:10 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

現在のあらすじの区切りに厳密な出典がないことは認めます。Metronomeさんはネタバレ回避を最優先にして編集されたようにしか見えないとおっしゃっておりますが、私はそうではないとしか申しようがありません。話がかみ合わないのは、その辺りの認識の違いから来ていると思います。とりあえず、あらすじは前の版に差し戻しをいたしました。理由は、あらすじをどう表現するかというお話し合いを促進させたいからです。
そのあらすじですが、前述のとおりサブセクションで区切らない提案をさせていただきます。理由も前述のとおりです。その際、単にサブセクションを取り除くだけではなく、ひとつのセクションの文章として成り立つようにこまごまな編集が必要になると思います。現在のようにサブセクションであらすじを区切る形式が適切だとMetronomeさんがお考えであれば、第○幕-第○幕ではなく、目次を見ただけでどのサブセクションがどの辺りのあらすじか理解できる表現を提案していただけないでしょうか。たとえ差し戻しをしたとしても、目次を見ただけでは「序幕」「加賀編」「不死力解明編」「最終章」しかわからず、目次としての意味をなしていないように思えます。私は第○幕-第○幕は目次の表記として不適切と考えています。
また、登場人物については、「主人公とその周辺人物」を提案しようと思っていましたが、先にMetronomeさんが提案してくださったので、私は同意します。サブセクションを作成したうえで町や八百比丘尼などを上方に移動させますが、よろしいでしょうか。--日日草 2010年1月14日 (木) 05:35 (UTC)
差し戻しありがとうございます。あらすじのサブセクションをなくす提案ですが、この物語・あらすじは一セクションで一気に表すには複雑に入り組みすぎていると思われるので同意できません。また「第〇幕」が目次の表記として不適切であるという理由もよくわからないのですが。第一「加賀編」とか「不死力解明編」といった表現も作品未読の読者には(実際に記述を読むまでは)何のことなのかよくわからないでしょうし、既読の読者であれば「第〇幕~第〇幕」と記述されている内容の対応関係が理解できるでしょう。目次だけであらすじがわかるようにする必要は別にないと思いますが。
まあそれはそれとして、差し戻し後の現在の版では文を細かく区切りすぎている感はしますので、サブセクションの表現も含め再構成については少し考えてみたいと思います。考えがまとまったら提案しますので少しお待ちください。
登場人物についてはそれで構いませんが、あらすじおよび登場人物欄における単行本の対応巻数は復帰していただけませんか。作品と対照したり確認する時などに有用なはずだと思って付けたものなのですが。--Metronome 2010年1月14日 (木) 06:12 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
Metronomeさんは、第○幕-第○幕という表記が百科事典の目次の表記として適切とお考えなのでしょうか。別の作品になりますが、たとえばBLEACHは、目次を一見するだけで何について書いてあるのかがわかるようになっています。他の作品はそうやっているからむげにんもそうしようというわけではなくて、また、未読・既読は関係なく、閲覧した方が内容を把握できる言葉で表現するのが目次というものではないでしょうか。「目次だけであらすじがわかる」ではなく、目次がその内容を総括している言葉である必要があるのです。話数の範囲を目次にした書籍を私は拝見したことがありません。
どこからどこまでがどこの話という厳密な定義づけはこの際おいといて、Metronomeさんが便宜的に話数を区切ったように、便宜的にサブセクション名を、たとえば加賀編や不死力解明編にならって「○○編」という表記にするとか(私はこの表記を採用しました)、無骸流との接触から関係がご破算になったあたりの話を便宜的に「無骸流との共闘」とするとかなどのように、内容を端的に表している表記にすることは可能ではないでしょうか。
もしくは、いっそのことあらすじは冒頭部分だけを記述して、全体的な話の流れは記述しないという方法もあります。お話の冒頭部分だけをあらすじとして紹介している記事はたくさんありますので、この方法が乱暴や手抜きであると私は思いません。むしろ私はあらすじとしてはこの方法が最良であると思います。いろいろ申し上げましたが、まずはMetronomeさんの案がまとまるのを待ちます。
登場人物の対応巻数についてですが、万次や凛などの主役級はほとんどの単行本で登場するので記述する有用性がないですし、宗理などのように飛び飛びで登場する人物の対応巻数をすべて記載すると、記事が煩雑となってかえって分かりづらくなると思いますし、葦屋・葛屋のようにほんの少しだけ登場したそれほど重要じゃない人物まで対応巻数を表記する有用性はないと思います。また、登場人物の節にはその人物のプロフィールや話にどう関わるかを記述するだけで十分だと私は思います。--日日草 2010年1月14日 (木) 07:27 (UTC)
まずあらすじの目次について。BLEACHは読んでないのでその目次の妥当性は知りませんが、作品中もしくは公式ガイドブックなどで「〇〇篇」のような区切りが用いられているのであればそれを用いるに越したことはないでしょう。しかしこの作品のように明確な章立ての名称がないにもかかわらず「無骸流篇」などのような名称を勝手につくってしまっては独自研究になります。それを回避するために多少見栄えが悪いのを承知で誰しも単行本で確認できる「第〇幕」を採用したのです。単に内容を表すに過ぎない「無骸流との共闘」などの例であればそう問題はないと思いますが、しかし特定の話数で区切って説明しているだけのものが不適当だという理由にはなりません。「話数の範囲を目次にした書籍」を見たことがないとのことですが、それはあなたが見たことがないだけです。文学作品の解説書などでは「〇〇の章から〇〇の章まで」とか「〇〇の場面から〇〇の場面まで」などのように区切ってストーリーを解説するのはごく普通にありますし、それが目次に表示されたりもしますが。それ以前に、これは書籍の目次ではなくて、作品を説明している事典内の一記事の目次に過ぎません。比較の対象がおかしいです。
登場人物欄の巻数について、多数の巻で登場する重要人物については単に登場する巻だけでなく、ある行動がどのあたりの巻で行なわれるか、といったことがわかるように記してあったはずです[2]。これらについて「記述する有用性がない」などととんちんかんなことをいうのは止めてください。巻数が飛びとびになる人物に対応巻数をつけると煩雑になる、ということの因果関係もまったくわかりません。飛び飛びに登場するのであれば初登場から再登場までどれほど巻の空があるか、といったことがわかったほうがあきらかに有用です。些細な登場人物についても些細であるからこそどの巻の登場人物であるのか明示する必要があると思うのですが。例えば現在の「葦屋・葛屋」の記述を見ると凶に負けて殺されることはわかりますが、それがストーリー中のどのあたりの出来事であるのかまったく分かりません。「登場人物の節にはその人物のプロフィールや話にどう関わるかを記述するだけで十分」というのはあなたの個人的な意見に過ぎず、なぜそれで十分であり既に記してあったものを除去する理由になるのか私にはまったく分かりません。対応巻数についても差し戻しを求めます。--Metronome 2010年1月14日 (木) 10:28 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
(追記)もう一つ、「あらすじは冒頭部分だけのほうがむしろよい」という意見には驚かされました。15年以上続いている長編ストーリーものを冒頭の説明だけでよいとは。物語作品をなんだと思っているのでしょうか。ゲームの記事じゃないんですよ。よもやそんなことはないと思いますが、仮にあなたが上述のような考えに基づいて方々の漫画や小説のあらすじを削り冒頭部分だけにし始めたら私はあなたを荒らしとして対処することになるでしょう。--Metronome 2010年1月14日 (木) 10:36 (UTC)--一部撤回。--Metronome 2010年1月14日 (木) 11:12 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
とりあえずこっちにも書いときますけど、あらすじは冒頭のみの概要にしましたからね。あなたは自分が書いたあらすじの内容に執着して、無駄にだらだらと抗弁を続け、執拗に対話相手への人格攻撃を繰り返していたようですが、ぐだぐだ長ったらしいあらすじをいちいち書く必要性なぞどこにもありませんからね。このようなソックパペット使いが記事の方向性を牛耳り、複数の初心者をウィキブレイクへ追いやったことや、ゲームの記事を侮辱したことに激しい嫌悪を覚えます。荒らしとして対処されるべきはあなたの方でしょう。今後は分割された登場人物の記事を再統合する作業を検討しております。むげにんに大変執着されていらっしゃった模様ですが、コミュニティの良識的な判断によって悪質な利用者としてウィキペディアをご退場いただきましたし、今後は私や他の利用者の皆様で記事をよりよくしていきますので、あなたがむげにんに関わる必要は金輪際、一切ありません。あなたがウィキブレイクに追いやった2名にも、もう参加はしないかもしれませんが声をかけています。どうぞご安心ください。それでは永遠にさようなら。--Nanafa会話2014年11月21日 (金) 02:47 (UTC)
(インデントを戻します)私は、話し合いをして合意を得られるように、これまでずっと、あなたの意見に耳を傾けたり私なりに提案や譲歩するなどしてできるだけ穏便に妥協点を模索してきたつもりですが、ここまで責められるような、ましてや「荒らしとして対処することになるでしょう」という脅迫に近いことを言われるとは思ってもいませんでした。
私があらすじを差し戻したのは、あなたがあらすじを差し戻すことばかりに意識がいって、私の話を理解してくださっていないのではと危惧したからです。これまで私はあなたの意見に耳を傾けるようにしましたし、あなたが私の意見も理解してくださるように説明を続け、譲歩もしてきたつもりです。しかしMetronomeさんは、最初から今までずっと、「あらすじの差し戻し」「対応巻数の差し戻し」という自分の要求を通すためだけに私と対話を続けてきたように思えてきます。
目次の表記を第○幕-第○幕という形にすると目次として分かりにくい(単行本を持っていない人はどうなるのでしょう。記事をみるすべての人が単行本を持っているとは限りません)ので、サブセクション(目次)の表記を、内容を端的に表している言葉にしてはどうかと提案し、否定されたのでサブセクションのないあらすじにすることを提案し、それも否定されたので冒頭部分のより簡潔なあらすじにしてはどうかと提案したら、「15年以上続いている長編ストーリーものを冒頭の説明だけでよいとは。物語作品をなんだと思っているのでしょうか。」と私はあなたに言われたのです。特に最後の一言には、あなたは私の申すことの表面しか見ていないのではと失望しました。対応巻数についても私は「そこまでする必要はないのでは?」と素朴な疑問を持って意見を述べたのですが、それに対してあなたにここまでなじられるとは、まったく予想していませんでした。
このような対応を続けられると、私の提案や考えを否定して自分の考えや提案を私に認めさせることに執着しているように思えてきます。どちらか一方の考えが正しいとお思いでしたら、改めていただきたいと思います。あなたと私のどちらか一方が正しいというわけではないのです。あなたは、目次を第○幕-第○幕という表記にすることだけを考えて、私がこれまでに提案してきたことを、とにかく理由をつけて否定し、私がなぜそのような提案をしてきたのかをちゃんと考えてくださっていないのではないでしょうか。私があらすじの差し戻しをした時も、自分の思い通りになった結果に満足して次の要求を私にしただけで、私の意をくんでくださっていないのではないでしょうか。
正直に申し上げて、私は、あなたのかたくなで自分の中の正しさから一切妥協しない攻撃的な対話姿勢や、文章の一部を太字で表現するところ(大声で怒鳴られているような印象を受けます)や、「そんなことは読者にも見ればわかります」「あんまりいい見出しとも思えないし私は必要ないと思いますが」「とんちんかんなことをいうのは止めてください」「私はあなたを荒らしとして対処することになるでしょう」といった高圧的な物言いに、とても疲弊しています。あなたとは、お話し合いで合意を得ることは不可能なのではないかと思えてきます。あなたと対話をしていると、話し合いではなく、勝ち負けを決める討論をしているように感じます。
このノートの上方にある「名前の由来について」でも、あなたは対話の相手を打ち負かすような議論を続け、お互いに攻撃的な対話となってフレームを起こし、最終的に相手が対話を投げ出すような形になり、あなたが記事からすべての名前の由来を除去するという結果にいたりました。私は名前の由来を除去する結果だけには納得していますが、そこに行き着くまでにあなたが対話でされた過程は、とてもよくないと思っています。対話の相手は、果たして本当に結論に納得したのでしょうか。結果が思い通りになれば過程は軽視してよいのでしょうか。今回のこのお話し合いも、同じことを繰り返していませんか。ノートでの話し合いの最終目標は、みんなが納得するような合意を目指すことであって、自分の要求を相手に認めさせることではないと思います。また、自分の要求を通すために相手の意見を侮辱的に全否定する手法は、対話の姿勢として非常に不適切だと思います。あなたは、相互理解の上で合意点を見出すためではなく、自分の要求を私に認めさせるために私に対して攻撃的な対話をしているのだと、私は強く思いました。
ノートで対話を続けていけば、少しは私の考えをくんで目次の名称などについて妥協点を模索していただけると思っていましたが、私の提案を文章の表面だけを見てことごとく否定し、当初からの自分の要求だけをすべて通そうとするあなたの対話姿勢や、私を誹謗するようなお返事をいただいたことを、私はとても残念に思います。--日日草 2010年1月14日 (木) 16:38 (UTC)
あらすじについては今のような第○幕-第○幕という形は、単行本を持っていない方がわかりづらいし見出しとしての体裁をなしていないと思いますので、サブセクションの存在や全体的な話の説明にこだわらない、柔軟でより百科事典として有用性のあるあらすじの構成を検討する必要があると思います。
登場人物の対応巻数の表記については、不要な情報なので加筆には反対します。Wikipediaは索引ではないと思います。
私とMetronomeさんだけで記事を執筆しているわけではないので、いろんな方からの意見をいただきたいと思います。その際は、相手を疲弊させるような対話姿勢にならないようにお願い申し上げます。Wikipedia:エチケットもご参照ください。--日日草 2010年1月15日 (金) 00:42 (UTC)
長すぎるのでざっととしか読んでいませんが、最後の追記がお気に触ったようでしたら謝ります。あくまで「仮にそんなことをするようだったら」という仮定の話でしたが、それにしても言葉が過ぎてしまったようです。
さて色々誤解があるようですが、私は日日草さんの挙げているような「無骸流との共闘」のような感じのサブセクションにするということ自体には反対していませんし、その方向での考えも大体まとまっています。すぐにそれを提案しても構わないのですが、それはそれとして、収録話数で区切ってストーリーを説明してはならないというあなたの意見には賛同できないし、そのような合理的な理由はないと言っているのです(つまり、もし他の記事でそのように記述しているものが仮にあったとして、「目次としての体裁をなしていない」というような理由で日日草さんに一方的に改変されたりしては困る、と危惧しているのです)。「単行本を持っていない方には分かりづらい」ということですが、だから対応巻数を示していたんじゃないですか。話数を見出しにしてその内容を文中に記すのと「〇〇篇」のような見出しにしてその内容を記すのとでは、見出しの役割・機能においてなんら差異はありません。「見出しとしての体裁をなしていない」とあなたがいう理由が私には依然としてわかりません。私はこの点の疑問を(言葉が過ぎてしまった部分は私の落ち度ですが、それはそれとして)あなたにもわかるように論理的に述べているはずです。対応巻数についても、例えば「葦屋・葛屋」の記述に対応巻数が表示されてないとそれがストーリー中のどこの出来事かまったくわからないと私は言いましたが、あなたは私の疑問を無視してそれに答えず「不要」と頭から決め付けています。私の態度が悪かったのは謝りますが、それでしたらあなたも私の疑問に正面からきちんと答えていただきたい。頭から決め付けたりするのは議論にふさわしい態度ではないはずです。--Metronome 2010年1月15日 (金) 04:58 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
(追記)私の意見があなたに要求しているように見えるとのことですが、もともとあらすじを巻数表記にしたのも、あらすじや登場人物を記述する際に対応巻数を記したのも私です。私はそうすることに意味があると考えて記述する際にいちいちチェックを入れて記したのです。そしてあなたは、私が意味があると思ってした記述を取り除こうとしているのですから、それに対する十分な説明を私が求めるのは当然ではないでしょうか。対応巻数があくまで不要とおっしゃられるのであれば、納得できるように上記までの私の疑問にきちんと答えてください。よろしくお願いします。--Metronome 2010年1月15日 (金) 05:10 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
私があなたとの対話でとても疲弊しているのは、最後の追記だけが理由ではありません。無限の住人について何かを話し合う以前に、あなたの無用な軋轢を生みかねない対話姿勢そのものに問題があると思っています。今のあなたの対話姿勢では、私だけでなく、この話し合いを静観しているであろう人達も疲弊するし、私と同じように攻撃的な返答をされるのではないかと萎縮して、関心のある方がお話し合いに新規に参加し辛くなります。過程を経て結果にいたるのが話し合いですが、あなたは最初から結果のために、その過程で対話の相手を打ち負かそうとしているように見えます。さらにあなたは、私の編集方針があなたの価値観において認められない、ありえないという前提(偏見)をもって私との対話に臨んでいるように思えます。私は編集に問題があったことを認めた上でこうしてお話し合いのテーブルについているわけですから、その点をご留意いただけないでしょうか。あなたは「納得できるような説明を求めるのは当然」とおっしゃり、私もそのことを承知して、そのためにあなたとの対話を続けていますが、あなたは私の言葉の一部分を見て噛み付くことを繰り返していらっしゃるので、今のあなたとはお話し合いは不可能ではないかと感じています。頭ごなしに決め付けているのではなく、あなたとの長い対話の中で感じているのです。
あらすじの件ですが、「収録話数で区切ってストーリーを説明してはならない」ではなく、閲覧した方がよりわかりやすいような目次の表記を考えてほしいと、これまでに何度も申しています。何度も申し上げておりますが、話数で区切ると、たとえば単行本を持っていない方などは、目次を見ただけではどの辺りの話を示しているのかわかりづらいです。目次の表記は内容を総括している表現が好ましいと私は思います。私が申していることの意味をわかっていただきたくて、これまで何度も同じ説明を言葉や表現を変えて試みております。しかしあなたは、私がどのように申しても意味がわからないと繰り返すばかりです。あなたは、サブセクションを話数で区切るのは、区切る基準は無機質な数字だし、これは便宜的なものだから出典を必要としないのでOKということなのでしょうか。私が区切った基準は出典が不明だとおっしゃいましたが、あなたが区切った基準は、便宜的でもあなたの主観によるものだと思います。あなたは「私の基準の何が間違っているんだ」という点から私を詰問しているように見えます。前にも申し上げましたが、一方が正しくて一方が間違っているわけではないのです。数字で区切る表記より、よりよいあらすじの表現があるのではと私は提案しています。私の数々の提案に対して、今のあらすじの表記が間違っているというふうにとらないでほしいです。「こっちを採用したらそっちは間違い」ではないのです。
対応巻数を除去した理由は上記に述べました。百科事典の記事は登場人物の索引ではないと思うからです。お時間と労力をかけて一人ひとり調べて加筆されたことには敬意を表しますが、そこまで過剰に情報を書く必要はないと思います。頭から不要とは申しておりません。どうか、私の文章の表面的な文字だけを見て私に攻撃的な抗議をするのではなく、ひと呼吸置いて、私が申した意味を考えていただけないでしょうか。結果的にあなたの編集を除去したことになりましたが、それはあなたの価値観を否定する意図をもって行ったわけではないのです。また、私が正しいということでもありません。
ノートは広く意見を求める場でもありますし、私はほかの方のお話もうかがいたいです。--日日草 2010年1月15日 (金) 08:17 (UTC)
(追記)テンプレートを付与してくださったことに感謝します。建設的なお話し合いになることを望みます。--日日草 2010年1月15日 (金) 08:21 (UTC)

(戻し)どちらが正しいかを決めるために議論をしているつもりはありませんし、議論を通じてよりよい結果を導き出すことが望ましいという考えは私も同じです。ただし、それはお互いに疑問点を述べ合ったりすることを妨げるものではないはずです。私は、あなたが既存の記述を除去したり改変しようとするならば、それに対して疑問を持っている(元の記述者である)私に十分説明する義務(説明責任)があるはずだ、と申しているのです。

「「収録話数で区切ってストーリーを説明してはならない」ではなく、閲覧した方がよりわかりやすいような目次の表記を考えてほしい」と何度も述べた、とあなたはおっしゃっていますが、それは例えばこれまで「目次としての意味をなしていないように思えます」だとか、「話数の範囲を目次にした書籍を私は拝見したことがありません」のような発言と矛盾ていないでしょうか。少なくとも私からすれば、「目次としての意味をなしていない」などと言われれば「そんな風にしてはいけない・するべきではない」という意味の発言と取らざるを得ないのではないかと思うのですが。

「対応巻数を除去した理由は上記に述べました」とのことですが、「不要な情報」だとか「登場人物の索引ではない」というような大雑把で抽象的な理由では納得できない、と申しております。そして、現に登場人物欄の記述が作品のどのあたりの出来事なのかまったくわからないということになってしまっているが、それは問題ではないのか、という私の疑問にあなたは依然お答えになられていません。なぜこの点について正面から答えていただけないのですか?

そして私の議論態度について色々言われましたので私のほうも正直に答えますが、私は事前の告知もいっさいなくあらすじの大幅な削除や対応巻数の除去の編集をまず先行し(あらすじは戻していただけましたが、巻数についてはそのままです)、その編集が終わった後で、その編集にたいする疑問がでているのにも拘らず「あなたの意見に今まで耳を傾けてきた」とか「「そこまでする必要はないのでは?」と素朴な疑問を持って意見を述べた」とか「要求してばかりに見える」などといい始めるあなたの議論態度に非常に不信感をもっています。既存の状態から告知なしに改変を行なったのはあなたなのであり、今は「予告なしに一方的にあなたに改変されたまま、それに対して合意ができていない状態」なのです。普通に考えればいったん疑問が起こった編集の前まで戻し、合意形成を行なったあとで改めて合意に至った編集に着手する、というのが議論相手を尊重するというエチケットに則った望ましい態度ではないのでしょうか。なお、編集を戻した後に私が議論に参加しなくなるというようなことを危惧されているのでしたらそれは杞憂です。--Metronome 2010年1月15日 (金) 09:10 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

テンプレート見せていただきました。知人に勧められてアニメを見た程度の知識ですが、参加させていただきます。
これまでの議論を読ませていただきました。まず、議論すべき内容が「あらすじに関して」と「登場人物に関して」で2つあると思われますので、それぞれを別々に(ノート内にセクションを設けるなどして)議論すべきではないでしょうか。また議論が長くなっておりますので、一度整理も兼ねてMetronomeさんと日日草さんそれぞれの編集方針を教えて頂けないでしょうか。--せちせち 2010年1月15日 (金) 09:20 (UTC)
ご参加ありがとうございます。簡単に言いますと、現在の論点は以下の二つです。
  1. 「あらすじ」の見出しとして「第〇幕~第〇幕」や「第〇話~第〇話」を使うことの是非(現在のこの記事のあらすじはそのようになっています)。
  2. あらすじ及び登場人物の記述のなかに、それぞれの記述が対応する単行本の巻数を記入することの是非。具体的には過去の版[3]をご覧ください。
私(Metronome)は1については「他にベターな方法がなければ使ってもよい」、2については「入り組んだストーリーを理解するのに有用であるので記入すべき・記入したい」という立場です。
議論相手の日日草さんは、1.については「妥当でない」、2.については「有用でないので入れるべきでない」という立場だと思います(違っていましたら修正してください)。
ただし1について、この記事(「無限の住人」)に限っては「第〇幕~第〇幕」を使うのをやめて違う方法を検討する、という方向でだいたい合意ができています。つまりより一般的に言ってそのような見出しの方法が妥当かどうか、という議論になっています。
もともとこの記事は、あらすじが現在と同じように「第〇幕~第〇幕」が使われており、またあらすじ、登場人物欄にそれぞれ対応巻数が記載されていました(いずれも私の編集によります)。それを日日草さんがあらすじを改変、対応巻数記載の除去の編集を行い、その後日日草さんがあらすじのみ戻し、対応巻数はそのまま戻されていない、という状況です。おわかりでしょうか?--Metronome 2010年1月15日 (金) 09:37 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
分かりやすくまとめて頂いてありがとうございます、前の版も拝見しました。本来の議論とは少しずれるかもしれませんが、私の意見を書かせていただきます。
まず1. について、私は「使ってもよい」と思います。ですが、原作を知らない者として「○幕」「○話」「○編」どの表記であったとしてもいまいち分からないというのが正直なところです。区切りが曖昧になってしまいますが、原作を知らない人にとっては「○巻~○巻」と巻数で大まかに分けた方が分かりやすいのではないでしょうか。(ただ、同じ巻である序幕と第1幕以降は例外的に2つに分けて記載すべきだと思います。)また、あらすじ全体の長さから見て、各見出しを定義の箇条書き(;)に変えてもいいのではないかなとも思います。
次に2. については、「有用だが記載しすぎである」と思います。あらすじや、一度しか登場していない人物の対応巻数の記載はとても有用だと思います。ただ、万次や凜などの主役・レギュラー陣の対応巻数は記載する必要がない、あるいは減らしてもよいと思います。登場人物紹介文の後半はあらすじとほぼ同じ内容に見受けられますので、双方に対応巻数を記載することは同じ内容を二度説明していることにならないでしょうか。それでしたら、対応巻数の記載はあらすじのみにすべきだと思います。--せちせち 2010年1月15日 (金) 17:06 (UTC)
ありがとうございます。私のほうからいくつかコメントさせてください。
あらすじに関してですが、この作品は話のまとまりが単行本に必ずしもきれいに収まっておらず(例えば序盤の「万次と逸刀流との戦い」は5巻の始まりまでかかり、その5巻の途中から「無骸流」が登場し新展開になる、という風に)、「1~5巻」「5~7巻」という巻が重複する見出しにするよりは、相互に重複のない「第〇幕」で記述する方がよいと考えていました(その上で過去の版では該当する単行本がわかるように文末に巻数が添えてあります)。巻数を見出しにするというのも一つの手ではあり私も他の記事で使ったことがありますが、「第〇幕」にしておけば、例えば今後この作品の文庫版だとかワイド版のような別の版形が出て、それぞれ収録話数が違ってしまったりする場合にも対応が可能になると考えています。つまり「あらすじ」の部分で話数と対応する単行本巻数を示しておいて、文庫版などが出た場合は別項で単行本と文庫本とのズレを簡単に説明する、という感じです。
登場人物への巻数記載について、主役などの記述があらすじと被っている、というのは確かに言えるかもしれません。万次、凛、天津、凶、吐などはあらすじで大体の動向を示していますので。ただ「レギュラー陣は記載しない」という方向にすると「レギュラー陣とそうでない人物との境界はどこか」というややこしい問題が出てきそうに思います。記載する人物としない人物を分けるよりは多少重複してもすべて記載した方が混乱がないと思いますし、またいちいちあらすじを参照しなくても登場人物同士の行動の時系列的な対応関係がある程度理解できる、という利点もあると私は考えています。また記載の量が多くないかということなのですが、この点については主役の万次や凛でも3箇所に収まっており、私の感覚では記載するのであればこの辺が妥当ではないかと感じます。
ともあれ非常に参考になりました。他にも思いついたことがありましたらお聞かせください。また、他の方からも引き続きご意見をお待ちします。--Metronome 2010年1月15日 (金) 18:14 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
ご説明ありがとうございます。原作を知らない以上、そういった区切りというものがよく分かりませんので、大変助かります。
なるほど、あらすじは先を見据えた編集ということですね。そういうことでしたら、「第○幕~第○幕」(○巻~○巻)という表記で良いと思います。一つ編集案を提示させていただいても良いでしょうか。現在あらすじ部分は8つの見出しで区切られていますが、これをもう少し大まかに分けることはできないでしょうか。一つ一つの文が数行で(加賀編はそうでもありませんが)、見出しをつけて分けるには少し文が短いのではないか、またあらすじ全体の長さから見ても、細かく区切らなくても大丈夫ではないかと思います。既刊20巻以上でかつ「○○編」と分けるべき内容がある作品から例を上げると、鋼の錬金術師の場合、あらすじにあたるセクション内には見出しはなく2つの段落で構成されています。またガラスの仮面は5つの段落です。あくまで一例ではありますが、見出しではなく簡単に段落で分けるという方法もあるのではないでしょうか。
登場人物への巻数記載については、やはり減らしても良いという意見です。現在の版が「巻数がないバージョン」ということですよね、一度しか登場しない人物についてはやはり巻数記載が必要だ(分かりやすい)と思いますが、それ以外の人物に関しては巻数記載がなくても問題ないと思います。むしろ、巻数記載があることによってすらすら読めない、(数字があると、どうしても詳細な説明であると感じるため)だいたいの流れを把握しにくいなどの短所もあると思うのです。レギュラーかそうでないかについては、確かに難しい定義だと思います。ただこれは、Metronomeが編集された過去の版を参考にし、巻数記載が2つ以上ならレギュラー陣(登場回数が多い)、1つしかないならレギュラーではない(登場回数が少ない)と分けることができるのではないでしょうか。
もっと他の方の意見を伺いたいとは思いますが、ひとまずはこれが私の意見です。--せちせち 2010年1月17日 (日) 07:49 (UTC)

(インデントを戻します)私はだいぶ前に認識に欠落があったことを認めましたし、Metronomeさんが私を責めたくなる気持ちは理解できますが、それを話し合いの場に持ち込むと、話し合いがこじれることになるのです。相手が悪くて自分が正しいと思っても、それを理由に攻撃的な対話姿勢をとってよいことにはならないのです。対話相手の態度を硬化させるだけで、あなたの目的は達成困難になるでしょう(あなたは過去の議論で何度か経験していると思います)。人が何かを述べるときは、たとえ本人が論理的に述べているつもりだとしても、そのベースには感情が存在しています。それを理性で操縦しながらお話し合いは成り立つわけです。もしも何かをのべるとき、相手に対する怒りが理性より先に出るのであれば、感情が鎮まるまでWikibreakをとってご家族やご友人と過ごすなどして、(このノートに限らず)お話し合いへの参加や、私も含めて他の利用者への接触は控えてくださるようお願い申し上げます。ちなみに私は先週末Wikibreakをとって家族・友人と過ごしました。疲弊もある程度癒えたのでお話し合いに復帰いたします。

せちせちさんがお話し合いに参加してくださったことに大変感謝いたします。あらすじについてですが、せちせちさんが「見出しではなく簡単に段落で分けるという方法もあるのではないでしょうか」と提案しており、私も同じ提案をしましたが、それについてMetronomeさんは「この物語・あらすじは一セクションで一気に表すには複雑に入り組みすぎていると思われるので同意できません。」と回答しております。ちなみに私は、簡単に段落で分ける方法に賛成です。

次に、対応巻数について述べます。Wikipedia:ウィキプロジェクト_漫画#登場人物によると、「詳細な説明(プロフィールなど)は、一般的には不要。また、むやみに列挙せず、主要キャラクター程度でよい。主要キャラの親族など、書く内容が少ない人物は他の人物紹介に組み込むべき。」とあります。また、「ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありません」ともあります。すべての登場人物を紹介する必要はないし、対応巻数の記載は必要ないと思います。余談ですが、万次の妹である町をその他の人物で紹介しても不適切ではなかったと思います。ほかにも色々な方の様々な視点からご意見を伺いたいと思います。--日日草 2010年1月18日 (月) 05:54 (UTC)

私は日日草さんに対しては「個別キャラクターの記述のストーリー上の位置が現にわからなくなっているが」「いったん議論になっている編集以前の版に戻すのが筋ではないのか」という実に個別具体的な質問をしているわけで、それを延々はぐらかして私自身の態度がどうの、と言い始める態度には本当に失望させられます。ノートへの書き込みを控えろなどといわれる筋合いもないと思いますが。
(せちせちさんへ)あらすじの見出しが多すぎる、という点は私も感じており、それはこの議論の最初のところでものべています。現在考えている案では(この記事については)「第〇幕」で区切るのは止め、見出しの数も5つほどになります。ただ論点が増えると混乱しますので、これを提案するのは現在の論点(上で挙げた2点)が片付いてからにしたいと思っています。
些細な登場人物が多すぎるというのは私も感じていました。Wikipedia:過剰な内容の整理をもとに後から整理提案(記述人数の削減)をしたいと考えていますが、これもとりあえず後にしたいですね。現在の万次など主要人物の記述については「詳細な説明」というほど詳細に当たるとは考えていません。メインキャラクターの対応巻数の削減ないし除去に関しては、繰り返しになりますが三箇所程度の記入で煩雑になるとは私には思えないので(要するに、記入してあったものをわざわざ消すことはないだろう、と言っているのですが)、意見維持という感じです。「2箇所以上記入しうるキャラクターはレギュラーキャラクター扱いにする」という区別も、1個所か2箇所かというのは記述の上での便宜にすぎないのでちょっと難しいのではないでしょうか。--Metronome 2010年1月18日 (月) 09:12 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
日日草さんへ提案ですが、色々な方の意見を伺いたいということでしたらWikipedia:コメント依頼で依頼してより多くの意見を募ることにしませんか。何度か利用したことがあるので任せていただけるのでしたら私が依頼しておきますが、どうしますか。--Metronome 2010年1月18日 (月) 09:12 (UTC) 撤回。理由は後で追記します。--Metronome 2010年1月18日 (月) 11:19 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

対応巻数を付け直しました。これまで「対応巻数が一方的に除去されたことによって一部の記述のストーリー上の位置づけが分からなくなっている」という指摘を再三しましたが、除去した日日草さんは「私は不要だと思う」のような具体性のない主張をするばかりでまともな説明も対応策も修繕もする気配がありません(それどころか「除去行為に対し説明を求めざるを得ない」立場に私をおいておきながら「要求してばかりいる」「攻撃的である」「ウィキブレイクをお願いする」などと言い出す始末です)。もともと事前の説明もなく一方的になされた編集であり、かつそのことも日日草さん自身認めていますので、Wikipediaの編集方針における「他人が書いた情報は保存するよう努める」に悖る行為として差し戻しで対応することにしました。なお機械的な差し戻はできませんでしたので、過去の版を対照しながら一つ一つ付け直しています。事実上このような面倒な作業を押し付けた利用者:日日草さんへの不信感を改めて表明しておきます。

主人公などの複数の対応巻数もそのまま復帰していますので、せっかく助言を頂いたせちせちさんのご意見を一時無視するような形になってしまっているかもしれません。もしご不快に感じられたら申し訳ないですが、この編集は「とりあえず元に戻した」だけですので、他に「主役級のキャラクターの対応巻数は除去した方がよい」という意見が集まるようであれば対応したいと思います。なお付け直していて気が付きましたが、例えば無骸流の真琴のように複数の対応巻数が必要になるがレギュラーキャラ・メインキャラとは言い難いような人物もやはりいるので、上記の使い分けのようなことはやはり難しいのでは、と思っています。

コメント依頼の準備の提案をしかけましたが、上述のようにもともとなされていた「意味のある」記述を除去しようとしているのは日日草さんのほうであり、私のほうがそれらの準備をするというのもよく考えれば筋違いであると考え直しました。「対応巻数を除去すべきである」と主張するのであれば、(必要なら)日日草さんのほうからコメント依頼を行ない意見を募ってください。あるいはWikipedia:ウィキプロジェクト 漫画のノートなどに呼びかければある程度人が集まるだろうと思います。議論テンプレートもしばらく貼っておくことにしましょう。

やや疲れたので「第〇話~第〇話」で区切ることの是非についてこれ以上ここで追求するのはやめます。ほかの記事で同様の問題が起こったらそのときに議論することにしましょう。「あらすじ」の構成変更案、登場人物の削減案などは後ほど改めて行ないます。--Metronome 2010年1月18日 (月) 13:54 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

差し戻しは当然の処置だと思います。編集内容に問題が出てきた場合、問題のある版か問題になる前の版で保存しておくというのが普通でしょうから。これを不快には思いませんので、お気遣い感謝いたします。
コメント依頼に出すのであれば、どこに問題がありどういう議論をしているのかと論点を明らかにしてからの方が良いと思います。順を追って議論するにしても、順番を決めるべきでしょう。どんな意見が欲しくてコメント依頼に出すのか、ということが重要だと思います。誰が依頼するのかと議論するのであれば私が出しても構いませんし。
議論が白熱しても冷静に。まずは今の議論を一時休止し、「何から議論するのか」議論したほうが良いと思うのですが、いかがでしょうか。--せちせち 2010年1月18日 (月) 17:41 (UTC)
ありがとうございます。ご提案に賛成です。コメント依頼については日日草さん次第ですが、私としてはここまでの対応巻数などについての議論はひとまず休止し、先にこれまでの議論で挙がっていたあらすじの見出しの整理、些末過ぎる登場人物の除去について議論・編集に着手したほうがよい、と考えています。コメント依頼を行うにしても、先にこれらの編集を行った方が記事が整理され、記事にどのような問題があるのか・何が問題であるのかといったことが把握しやすくなると思います。いずれにしても日日草さんのコメントを待つ必要がありますね。--Metronome 2010年1月18日 (月) 18:52 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
対応巻数などの差し戻しですが、最後にこちらに投稿した後に元に戻す作業を行っていたのですが、結果的に先にMetronomeさんが元に戻された形となりました。ご報告が遅れましたこととお手を煩わせたことをお詫び申し上げます。また、代わりに作業を行ってくださったことに感謝いたします。
話し合いが長くなり、その過程で登場人物の削減案などが新たに出てきておりますが、話し合いの中心は最初から「あらすじをどう書くか」ということと「対応巻数の表記をするかしないか」に尽きると思いますので、今回はこの2点だけに絞って話し合いませんか?この2点以外(登場人物の削減案など)は現状維持にした方がよいと思います。丁度私もコメント依頼の取り扱いについて考えておりましたが、すべてを一度に解決しようとコメント依頼を提出しても収拾がつかなくなるだけだと思うので、上記の2点について、ノートでの話し合いの過程を経ても一向に結論が出ないのであれば、この2点だけについてコメント依頼を視野に入れてよいと思います。私はこの2点についてそれぞれ新たにセクションを作成して仕切りなおすべきだと思います。--日日草 2010年1月20日 (水) 08:31 (UTC)
「あなたが付け直しの作業に取り掛かっていたかどうか」は他者には検証不可能です。「私より作業が遅れた」ことであなたはこの場での議論相手からの信頼回復の機会を半永久的に失ってしまいました。残念なことですね。
「先に人物削減に取り掛かったほうがいいのではないか」といったのは、例えば余計な人物を削っていった結果、内容がすっきりして対応巻数を付けなくても記述だけで作品全体が見通せるようになったりする場合もあるかもしれない、というような考えから提案したのですが。「誰を削って誰を残すか」でまた揉める可能性もあるので、対応巻数の議論を先にしたいというのであれば別に止めませんが、例えば対応巻数についてコメント依頼をした場合、この分野に慣れている人であればまず巻数などよりも「些細な人物が多すぎる」という点を指摘するでしょう。論点がすっきりするよう先に削減をした方がいいような気もしますが。
あらすじに関しては「幕で区切らない見出し案を提案してくれ」ということだったと思いますし、これについてはすぐ提案可能です。ですのでまず「対応巻数」「人物削減」の2点はいったん脇に置き、セクションを改めてあらすじの再構成についての議論をするほうが、複数の議論を平行して行なうよりもよいと思います。その話がまとまってから次の議題に移ればよいでしょう。「次の議題」をどっちにするかは好きにしてください。--Metronome 2010年1月20日 (水) 11:38 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
私も、「あらすじ」から議論すべきだと思います。登場人物の説明にはあらすじと同様の内容が含まれていますし、対応巻数にしてもあらすじの内容ないし見出しをどうするか決めることで、このページにおけるスタイルマニュアル(巻数を表記するかしないか)を作成できると思います。あと何より、あらすじはページの上部にある項目ですから。
議論を見る限りMetronomeさんも日日草さんも同意見と思われますので、勝手ながら小見出しを作らせていただきます。見出し名は、あらすじに関していくつか議論があったようなので、「あらすじについて」とおおまかに括りました。以降は、あらすじについての議論を宜しくお願いします。--せちせち 2010年1月20日 (水) 16:35 (UTC)
私が作業を行っていたことについては、Metronomeさんが先に編集をされてしまった今となっては検証不可能ですので、Metronomeさんがどのような解釈をされようがそれはあなたの自由ですね。ただ、私の意見も表明しておきます。Metronomeさんが私が元に戻すのを待てずに作業を強行されたことについては正直どうかと思いますが、作業に手間取っている私の代わりに慣れている方が行ってくださったと善意に解釈させていただき、感謝いたします。また、Metronomeさんは私の編集を待てずにご自身の意思で作業を決行されたので「面倒な作業を押し付けた」という表現は間違っています。
最後に、新たに「あらすじについて」のセクションを作成してくださったことに感謝いたします。--日日草 2010年1月21日 (木) 04:00 (UTC)
コメントを見落としていたので今書きますが、私が「巻数を差し戻してくれ」と言い始めてから数日間だらだらと抗弁していたくせに「作業を強行した」? あなたがどういう人間かよくわかりました。ふざけるのもいい加減にしなさい。--Metronome 2010年1月21日 (木) 19:59 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)

あらすじについて

見出しを作りましたので、まず私の意見を述べます。あらすじ内の見出しは多すぎるため不要、見出しではなく行で区切るべき。あらすじの長さからして、内容を削る必要はない。対応巻数の表記は必要(有用)。以上3つが私の意見です。あらすじについてコメント依頼をするかどうかは、Metronomeさんと日日草さんの意見を伺ってから検討すべきと思います。-せちせち 2010年1月20日 (水) 16:35 (UTC)

ではとりあえずあらすじから議論するということで進めてよいでしょうか。
もともと細かく見出しを付けたのは、そうやってあらすじを区切ることで余計な詳細事項やネタバレを書かずに済むとか、また読者が自分でネタバレの範囲の調節もできる、などの配慮がありましたので、必要最低限の見出しの設定は私は欲しい思っています。
私の案は、現在8つに区切られている見出しを、内容の近接するものをいくつか合わせて「序幕」「無骸流登場まで」「加賀編まで」「不死力解明編まで」「最終章」の5つにまとめるというものです。具体的にはこうなります(試しに見出しを付けただけで細かい文章の調節は行なってません)。「加賀編」「解明編」ではなく「加賀編まで」「解明編まで」とすることで各編本編に至るまでの前置きに当たる部分が纏めて記述できるようにしました。また「加賀編が厳密に何話から何話までか」というような不毛な議論を避けることもできると思います。「加賀編」のみ4段落あって少しアンバランスな感じがしますが、本作中もっとも人物の行動が錯綜している部分ですのである程度やむを得ないでしょう。ただ百琳のリンチの部分は主人公たちの動向と関係ないサイドストーリーですので省略し、登場人物欄の説明に任せた方がいいと思います(この部分は確か後から加筆されたんだったと思いますが)。その場合「加賀編」は3段落に収まります。また「最終章」は内容的に今後おそらく2~4段落程度まで加筆できるでしょう。
なお「序幕」は一話の話に過ぎませんが、もともと独立して発表された部分ですので「序幕」は独立して記述したく思います。長く複雑な本作の構造が把握しやすい見出しの設定になっていると思いますが、どうですか。--Metronome 2010年1月20日 (水) 18:35 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
見出しを作成していただき、ありがとうございます。あらすじについてですが、私はサブセクションを廃して段落で分けるという形であらすじを書いてはどうかと思います。当作品は10年以上の長期に渡って現在も連載されておりますが、単行本の本数は現在25巻で、物語も佳境に入り、今後の大幅な増巻はないであろうと予測されます。ですので、サブセクションで分けずとも物語の一連の流れを書くことは可能だと思います。それと、せちせちさんが仰る対応巻数の表記というのは、あらすじについてのことですよね?あらすじについてでしたら、対応巻数の表記は、私は絶対に必要とは思いませんが、あってもよいと思います。以上が私の考えです。--日日草 2010年1月21日 (木) 04:00 (UTC)
コメントありがとうございます。まず日日草さんへ、仰る通り対応巻数の表記はあらすじについてです。
Metronomeさんの下書きも見せて頂きました。区切ることで詳細事項を書かなくて済むというのには一理ありますが、あらすじというのは「細部はともかくとして大体の流れを容易に把握できるようにした文章」ですので、そもそも詳細を書く必要はないのでは。ただ現在のあらすじは、詳細云々よりもとても分かりやすいです。
読者がネタバレを気にする場合、記事を上から読んで自分の知っているところまで来たら読むのをやめる、といった読み方になると思います。こういった読み方をする場合、見出しによるネタバレの回避というのは少し難しいのではないでしょうか。また改めてあらすじを読むと、「構造」というよりは「流れ」といった印象を受けます。序幕は区切るべきだと思いますが、それ以降は見出しできっちり区切るより、段落で柔らかく分ける方が妥当ではないでしょうか(ただ序幕の見出しを作った場合、最低でももう1つ見出しが必要になりますが……)。--せちせち 2010年1月21日 (木) 17:02 (UTC)
「区切ることで詳細事項を書かなくて済む」と言ったのは、「区切りを失くすと前後の文章を自然に繋げるために余分な詳細を書かなければならなくなる」という意味で、せちせちさんはおっしゃっていることが逆です。また「見出しによってネタバレが調節できる」というのは、段落ではなく見出しでくっきり区切ることによって読者が途中で読むのを止めやすくなるという意味です。見出しがなければ各段落がシームレスになりますので、読者は巻数表記以外で区切られていないあらすじの文章をそのままなんとなく読んでいってしまうでしょう。「目次だけでどれだけ読むか判断する」というような意味ではないです。
現在のあらすじの文章は大体私が書いたもので、当時見出しによって細かく区切ることを念頭に文を書いています。上での挙げた5つの見出しにする案でも、もともと見出しによって区切られていた段落を繋げるためにある程度の加筆修正が必要になります。「見出しをいっさいなくす」のであればそれ以上に文章に手を加える必要が出てきますが、お二方はその点を念頭にいれていらっしゃるでしょうか。単純に見出しをなくすだけだとこんなことになってしまうのですが。なお、適当に段落同士を繋げた場合こんな感じになり、やはり1セクションで纏めるには分量が多すぎます。
この作品は(多くの連載ストーリー漫画と同様に)いくつかのエピソードのまとまりを積み上げていく形をとっています。上述しましたが「加賀編」「不死力解明編」「最終章」といった表記は雑誌連載時に書かれていましたし、上の案ではつなげてしまっていますが無骸流が登場した時も「新章突入」といった表記がされていました。したがって「一つの大きな流れ」として記述するよりは一つないし複数のエピソードを区切って記述した方が作品の構造にもあっていると考えます。
そもそも「記事をどの程度の分量でサブセクションに区切るべきか」ということの共通の了解は存在しません(例えば秀逸な記事に選ばれているオグリキャップなどはかなり細かく区切られています)。細かい調節なども私がするといっているのだから、上の案でいいにしませんか。共通の了解(ガイドライン等)がない上でこれ以上議論してもほとんど好みの問題にしかなりませんし、正直言って記述内容とかでなく「あらすじの見出し」程度のことでこのような細かなやりとりを続けなければならないのは不毛で嫌です。--Metronome 2010年1月21日 (木) 19:13 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
(追記)上のコメントを書いた後、日日草さんが直前に2箇所コメントしていた[4]ことに気が付き、上のほうのコメントを読んで呆れ返りました。間に入っていただいているせちせちさんには申し訳ないですが、私は利用者:日日草氏はまともなユーザーではないと認識し、少し対応を変えることにします。とりあえずせちせちさんも議論に加わっているのであらすじに関してはリプライを待ちますが、今後はいちいち日日草氏の根拠不明な主張に対して馬鹿丁寧に対応する気はありませんのでそのつもりで。--Metronome 2010年1月21日 (木) 20:24 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
少し議論から脱線いたしますが、編集に関しての議論が白熱するのはともかくとして、議論相手がどうこうといったことはお互いの会話ページやウィキメールでお願い致します。
さて、Metronomeさんの意見に対して、少々勘違いしていたようで申し訳ないです。小見出しを無くした場合の下書きを見せて頂きました、確かにこれは良くないです。話の説明は出来ていますが、区切りがないとだらだらと長い印象を受けます。見出しを無くした場合の修正に関して、自分で編集してみようと試みてみましたが、元の文章の完成度が良いのでこれ以上編集のしようがありませんでした。ですので、お手数をおかけして大変申し訳ないのですが、5つの見出しでかつ手を加えた場合の下書きというのを作って頂くことはできませんか?できれば、それを見て判断したいと思います。--せちせち 2010年1月22日 (金) 11:57 (UTC)
では「相手の議論態度」云々の話題は今後一切しない方向で。
加筆修正後はこんな感じです。「段落を繋げるために」と書いてしまったので誤解があったかもしれませんが、段落の構成自体は基本的にそのままで、小見出し内の前後の文脈を繋げるために詳細を追加するなどしています。ついでに細かい部分の見直しも行ないました(差分。現在のこの記事の版とも比べてください)。また百琳のリンチの部分は割愛してあります。「最終章」は執筆後から話が進んでいるのでもっと加筆したいのですが、生憎少し前に連載誌の講読をやめたところで、単行本も最新刊以外すべて実家なのですぐにはできません。まあこれは別に急ぐ必要もないので、作品が完結してからでもゆっくり取り掛かればいいと思っていますが。--Metronome 2010年1月22日 (金) 20:09 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
報告 過去に丁々発止された模様ですが(あまりに長大すぎて全部は読んでいません)、2013年12月に下記「あらすじのセクションに関して」節で提案したうえで、あらすじ節の内容は現在の形にしました。今さらですが、過去に類似の内容で議論していたこの節でも一応ご報告します。しかし、ささいなことで延々と不毛な議論を継続し、ソックパペットで議論を強引に進めた到底まともじゃない利用者(利用者:Metronomeのこと)の言い分がまかり通るなど、傍から見たら異常な雰囲気です。利用者:Metronomeの本アカウントである利用者:頭痛がご退場されましたので、今後の議論は冷静かつ建設的なものであることを願います。--Nanafa会話2014年8月12日 (火) 04:16 (UTC)
あらすじは冒頭のみの概要にしました。利用者:Metronome利用者:頭痛の悪質なソックパペット)は自分が書いたあらすじの内容に執着して、無駄にだらだらと抗弁を続け、執拗に対話相手への人格攻撃を繰り返していたようですが、ぐだぐだ長ったらしいあらすじを書く必要性なぞどこにもありません。さらに登場人物を分割したようですが、これもいずれ整理して、再度統合してよいかもしれませんね。作品は完結しましたが、まあこれは別に急ぐ必要もないし、ゆっくり取り掛かればいいかと思います。--Nanafa会話2014年11月20日 (木) 09:17 (UTC)
(インデントが深くなってきたので戻します)まず、編集以外の議論に関して早々に対応して頂きありがとうございます。前回の意見をコメントアウトしましたが、一部は注意喚起のために残しておきます。
下書き見せて頂きました。現在の版に比べて、個人名や団体名が整理されすっきりしたと思います。日日草さんのご意見を伺ってからになりますが、私はこの編集案で良いと思います。最終章に関しても、完結するまでは現在の内容程度の表記にとどめておく方がいいでしょう。--せちせち 2010年1月23日 (土) 12:38 (UTC)

最後の投稿(私によるものですが)から2年以上議論が停止しており、参加していらっしゃった方のうちMetronomeさんと日日草さんは投稿記録から見て2010年以降活動していらっしゃらないようですので、これ以上の議論および議論していた編集はできないと考え告知テンプレートを除去しました。--せちせち 2012年1月24日 (火) 14:33 (UTC)

あらすじの見出し

今の見出しは漫画の話数になってますけど、長くて、内容を伝えていない、アラビア数字ではなく漢数字が用いられている、など、必ずしも適切ではないように思われます。そこで、該当するエピソードのタイトルを利用するなど、今括弧の中に書いてあるような名前(「加賀編」、「不死力解明編」など)に変更できますでしょうか。話数に関しては、節の最後に「単行本第1巻第1幕から単行本第5巻第20幕まで。」と記すのでどうでしょうか。ぜひご検討ください。--Bugandhoney会話2012年4月3日 (火) 19:55 (UTC)

あらすじの見出しに関しては利用者:Metronome利用者:頭痛のソックパペット)独自の判断で勝手に区切られており、合理的な理由がまったくないことと、そもそもあの程度の文量では不要なものだったので、除去したうえで見出し不要な形で再編しました。なお、ウィキペディアにおいてネタバレは考慮しないことになっておりますので、ネタバレへの配慮は一切していません。--Nanafa会話2014年8月27日 (水) 05:30 (UTC)

「登場人物」と「登場武器」が内容過剰

「登場人物」と「登場武器」が長大な箇条書きになっていて非常に読みづらいです。「登場人物」に関してはプロジェクト:漫画/過剰な内容の整理#登場人物の「作品全体にとって重要ではない登場人物の説明が記載されているもの」に相当すると思います。「登場武器」に関しては指針はないですが、やはり現実世界の観点を欠いた細かな事柄の羅列になっています。Wikipedia:スタイルマニュアル (フィクションの記述)には「記述の第一の基準系は、フィクション作品とその出版とがともに含まれるところの現実世界におかれる必要があります。現実世界の観点に立って記述してください」「現実世界の観点には一次情報と二次情報の双方が必要になります。一次資料と二次資料をバランスよく使用してください」とあるにもかかわらず、フィクションの世界の記述が現実世界の観点からの記述を分量として圧倒しており、ウィキペディアの記事としてふさわしくないです。どちらの見出しも文脈が提供されていない雑多な箇条書きになっており、WP:TRIVIAに相当すると思います。それぞれ一覧記事に分割することを提案します。--Bugandhoney会話2012年3月30日 (金) 22:52 (UTC)

反対 「過剰な内容の整理」をされたいのでしょうか「分割」をされたいのでしょうか。前者は百科事典にそぐわない過剰な情報だから除去するということであって「過剰な内容だから分割する」ということは方策としてありえません。
登場人物は明らかに瑣末な人物が含まれていますので検討して除去すれば良いと思いますが、そもそも記事自体にたいした内容がないので分割には明確に反対します。Wikipedia:スタイルマニュアル (フィクションの記述)が述べている「バランス」というのは「量的に等しくしろ」というような機械的な話ではありませんし、スタイルマニュアルが述べている望ましいバランスと分割の目安との間には明示的な関係は方針間でなにも示されていません。要するにWikipedia:スタイルマニュアル (フィクションの記述)はページの分割の根拠にはなりえません。
「人物」も「武器」もそれぞれ人物と武器しか扱っていませんので明らかに「雑多な内容」ではありません。この作品の「武器」は「武器だけのフィギュア」が作られるなど明確に作品の特徴を成していますので登場武器の解説には一定の意味があると思います。--Metronome会話2012年3月30日 (金) 23:56 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
えー、あと「現実世界の観点」というのは記事のよって立つべき基本的な「観点」であって、そのことと「作品世界に関する記述(一次情報)」と「作品の現実的側面に関する記述(二次情報)」、および「一次資料(作品)と二次資料(作品外の資料)」というのはそれぞれ(密接に関係してはいますが)次元が異なります。「バランスを取れ」と言っているのはこのうちの最後の項です。ガイドライン間の関係・ガイドライン内の文言間の関係それぞれについていろいろと混同されていると思いました。--Metronome会話2012年3月31日 (土) 00:30 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
コメントどうもです。まず、お願いがあるのですが、ウィキペディアでは一人一アカウントが原則です。ひとつの記事を二つのアカウントで編集するのは明確なルール違反です[5][6]。これだと、私の編集に対して二人の異なる編集者が異議を唱えていると知らない編集者は誤解してしまいます。WP:SOCK#NOTIFYをぜひご検討ください。
それで、ガイドラインに関してですが、ひとつの記事に複数の問題があるというのはよくあるわけで、複数のガイドラインに抵触するというのは変ではないと思うのですが。本記事だと「登場人物」「登場武器」(と「テレビアニメ」)は箇条書きになっているので、WP:TRIVIAに該当するおそれはあります。WP:TRIVIAに該当しているのであれば、Wikipedia:箇条書き#作品リスト・年表にしたがって分割を検討することになりますし、実際にen:Blade of the Immortalでは「登場人物」(en:List of Blade of the Immortal characters)(と「テレビアニメ」(en:List of Blade of the Immortal episodes))は分割されて一覧記事になっています。(「登場武器」は日本語版と違って箇条書きではなくてProseで書いてあります。)ちなみに、日本語版でもフィクション作品の登場人物一覧を一覧記事にすることはありふれたことです。記事自体にたいした内容がないので分割には明確に反対というのは、「記事を分割してしまうと分割元がもっと内容がなくなってしまう」という意味だと思うのですが、Wikipedia:ページの分割と統合#分割すべきでない場合には分割した結果、いずれか一方または双方がスタブになる場合とあり、分割後の分割元記事は「概要」「あらすじ」「血仙蟲」など複数の節のある記事となるはずなので、この基準でいうと「内容がなくなってしまう」ということはないです。
「バランス」というのは「量的に等しくしろ」というような機械的な話ではありませんというのは原則としてはそのとおりだと思いますが、それはつまり、この記事では一次資料と二次資料に基づいた記述はバランスが取れているという意味なのであればちょっと困ってしまいます。有効な二次資料がひとつも明記されていないので、そもそもバランスを考慮しようがないので。これに関しては二次資料を出典として追加することによって記述を膨らませる、ということになるとは思いますが、その上で一次資料に基づいた記述を一部分割することができればバランスはどうみても改善すると思うのですが。
WP:SURPLUSにはご覧のとおり、まだ不慣れなので、特に漫画の分野でどういうふうに運用されているのか知っていれば教えてもらえると助かります。「登場人物」と「登場武器」がこれに抵触すると考えてはいるのですが、せっかくいろいろと書いてあるのを単に削るのも惜しいので、記事分割を提案しました。「登場武器」に関しては、内容過剰ガイドラインの「その他」に該当すると考えていただければと。具体的な指針がないから何でも好きなだけ書いてよい、というような編集態度は、ウィキペディアではあまり好ましくないと思うのですが。(そういうことではないとは思いますが。)できれば、この議論が続いている間はタグを取り除かないでいただければうれしいです。「武器だけのフィギュア」が作られるなどというのはちょっと意味がわかりませんでした。多分、主題の理解を助ける、記事に記載するに値する特筆性のある事柄だ、ということがおっしゃりたいのかもしれませんが、ある商品が発売されている、ということが特筆性として認められるのかということは、WP:NOTEプロジェクト:漫画#特筆性を読んだだけでは判断できませんでした。武器だけがフィギュアになるというのは珍しいことなのかな、とも思いますが、外部の文献で言及された形跡が見つからず、今のところ判断がつきません。ウィキペディアの記述によりますと、11種類がフィギュアになったのに対して、「登場武器」では28種類が言及されており、作品全体にとって重要ではない武器が含まれているおそれがあります。
ということで、全体として、現実世界の観点から記述された二次資料による記述を相対的に拡充することによって、このフィクション作品が人々からどのように評価されたのかがわかりやすくなるような記事に改善したいというような提案だと理解していただければと。--Bugandhoney会話2012年4月2日 (月) 23:16 (UTC)
利用者:頭痛のアカウントで編集した時点には他の編集をする予定はなかったものですから。左では単にテンプレートの使い方を違反しているという指摘をしただけですので、この辺はご寛恕ください。
問題が重複しているという話ではなく、「分割」と「内容過剰」はそれぞれ互いに関連付け得ないということを言っているのです。あなたの最初の提案はそのあたりがごっちゃになっています。「内容過剰の整理」と「分割」をそれぞれ行いたい、という提案なのであればそのように言うべきです。
WP:TRIVIAは日本語版では「雑多な内容の箇条書き」であって単に「些細な内容の箇条書き」ではないので、ワントピックに限っている特定の事項の羅列などは含みません。漫画の内容過剰の「その他」も「ある特定の状況に関する例示は、特に事情がなければ1項目だけにしてください」ですからぜんぜん該当していません。「特筆性」というのは「記事の特筆性」のことですので「記事内になにが書かれるべきか」ということとはほぼ関係ありません。なお分割しても作品記事はスタブにはなりませんが、「武器」のみ分割すればそちらは内容的に非常に貧弱な記事になるでしょう。作品記事自体の体系性・包括性も失われます。
私はこの記事ではバランスが取れているというようなことは一言も言っておりません。分割後の各記事のバランスを注意深く配慮した分割提案であったならむしろ賛成していたと思います。例えば、登場人物の分割であればまずWikipedia:キャラクターの記述に対するガイドラインにあるように、分割前の内容の要点を残すことです。具体的には、特に主要な人物を選別して、その基本的な人物像と作中での基本的な役割の説明を作品記事に残します。「武器」だけの一覧などは歪なので分割するなら「登場人物・登場武器の一覧」としてまとめるべきです。武器には使用者の説明もありますから互いに無関係ではありません。なおこれらを分割すると「血仙蟲」の説明は明らかに浮きますので、これは登場人物欄のなかに簡略化して組み入れるのがベストでしょう(SFの影響なのか、どうもこういう「設定」を書きたがる人ばかりで困ります)。「長くて読みづらいから分割して切り離そう」というだけでは到底賛成できません。--Metronome会話2012年4月2日 (月) 23:44 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
Metronome様と頭痛様は同じ方なのですね。履歴を拝見して私も最初、Bugandhoney様に反対されている方が2名いらっしゃるように見えました。そういう私も人の事は言えないものでして、人権擁護法案のノートでは2つのアカウントは同一人物だと宣言しておりますが、記事の履歴を見ると別人のように見えます。たった今、履歴でも宣言してきました。Metronome様もこのようにしてはいかがでしょうか?ちなみに両アカウントはどこで関連付けているのでしょうか?Bugandhoney様が見つけられて、私が気づかないのは、単に私が見落としているのだと思いますが。--JapaneseA会話2012年4月3日 (火) 02:07 (UTC)(主アカウント:利用者:sutepen_angel_momo会話 / 投稿記録 / 記録
利用者:頭痛でやっていたWikipedia‐ノート:ネタバレでの議論中にたまたまこの記事の話が出てこっちでの議論にまで発展したのです。もともとこのアカウントは長期間使っておらずこのまま廃棄を考えていたのですが、このノートの議論ではMetronomeで参加していたのでこっちで議論を始めるにあたりやむなく切り替えたということです。こっちのアカウントで付けられていた粘着的なユーザからの因縁が付いて回るのが嫌なので今のところ利用者ページでの明記は考えていません。このノートを見れば議論参加者は必ずわかりますからまあ勘弁してください。--Metronome会話2012年4月3日 (火) 02:38 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
JapaneseAさんと私は最近、コメント依頼でのソックパペットに遭遇してショックを受けてセンシティブになっているのですよ。私自身はもちろん「ご寛恕」しますけど、中には複数アカウントを深刻に受け取る編集者もいますからお気をつけください。--Bugandhoney会話2012年4月3日 (火) 19:46 (UTC)

「登場人物」と「登場武器」をまとめて一覧記事にするのはよいアイデアだと思います。分割元は箇条書きをやめてProseで登場人物のグループを紹介するか、主要登場人物(たとえば「あらすじ」に出てくる人物)だけを箇条書きで残すか、になると思います。個人的には、「あらすじ」だけを読んでも誰がどういう人物であるのか伝わるので何もなくてもいいかなとも思いますが。あと、今ある内容とは関係ないのですが、エピソードの一覧記事もついでに作ってはどうでしょうか。今の記事には単行本の情報が何もないので。アニメのエピソードも組み入れるられるはずです。こういう感じ。en:List of Blade of the Immortal chapters--Bugandhoney会話2012年4月3日 (火) 19:46 (UTC)

エピソード一覧は単なる各話サブタイトルのデータベースにしかなっておらず明らかに事典的な内容でないので作るべきではありません。アニメの各話リストもいらないのではと思いますが、アニメのほうのガイドライン?がどうなっているのかちょっとわからないのでなんとも言えません。しかし「各話ごとのサブキャラクター」は明らかに過剰な内容だと思います。
武器はしばしば複数の使用者が利用したりもするので、この場合は人物の説明に組み入れるよりも一覧にしておいたほうがうまく説明できると思います。基本的に単行本の巻末で名前をつけて作者が解説している武器は作中で一定の役割を果たすもので、いわゆる「雑魚キャラ」の武器とか、1・2話きりしか登場しないような瑣末な武器はありません。
「主要登場人物だけを箇条書きで残す」というのは「名前だけ残す」という意味でしょうか。もしそうなら名前のリストなどつくっても無意味なので賛成しません。仮に分割する場合、武器は分割元に強いてまとまった文章を入れなくてもいいと思います。英語版の説明でもたいしたことが書いてあるわけではありません。
いまのところあらたに主要登場人物をまとめるなどの作業に気が向いていませんので、そちらで「主要人物のみ選別して基本的な情報をまとめなおす」という作業などができないのであれば分割に賛成するつもりはありません。--Metronome会話2012年4月3日 (火) 20:04 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
コメントどうもです。漫画の各話サブタイトルのリストはだめみたいです。かわりに各巻単位でまとめるみたいです。アニメのほうは各話リストはありみたいです。Wikipedia:スタイルマニュアル (フィクションの記述)#エピソード一覧の分割でもそうなってます。漫画の各巻とアニメの各話をまとめて別の一覧記事にしてもいいかもです。
「箇条書き」はそういう意味ではないです。「登場武器」の英語版と日本語版の書き方の違いのようなことです。主要登場人物であるかどうかの判定は「あらすじ」で言及されたかどうかを基準にする、ということに同意していただけるのであれば、私のほうで今の「登場人物」から「主要登場人物」を抜き出すことは難しくないです。記述は「あらすじ」とも一部重複してますし、少し縮めることになると思います。--Bugandhoney会話2012年4月3日 (火) 22:09 (UTC)
単なる「サブタイトル一覧」を設けるべきではありません。スタイルマニュアルで言及しているのも「エピソードごとに内容の紹介がある」ものを想定しているはずです。他にもあるからというような理由で作らないでください。ウィキペディアはデータベースではありません。
登場人物は「あらすじが言及しているもの」とすると16人いるようですから多すぎると思います。レギュラーキャラクターである万次、凛、宗理、天津、凶、槇絵、尸良、百琳、偽一、吐の10人あたりでよいでしょう。抜き出し・再構成までやろうということでしたら協力するに吝かではありません。--Metronome会話2012年4月3日 (火) 22:52 (UTC)
ひょっとしたら誤解されているかもしれませんが、主記事と分割された一覧記事は別記事ということになりますので、主記事に残すキャラクターは一覧記事にも記載されることになります。主記事のほうはより簡略化された解説を置くということです。--Metronome会話2012年4月3日 (火) 22:55 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
もちろん、そのつもりですよ。分割先の新記事=基本的に今の「登場人物」と「登場武器」のコピペ。分割元の今の記事=10人を除いて「登場人物」と「登場武器」を削除、適宜簡略化して再構成、ということですよね。声優は「登場人物」に組み込んで、それでも残る端役は内容過剰ということで除去するのがいいと思います。登場人物が二回もリストになってますので。これは別の話ですが、アニメのエピソードはもちろん「エピソードごとに内容の紹介があるもの」になります。基本的に英語版の翻訳ですが。--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 14:43 (UTC)
よくわかりませんが、英語版にはエピソードごとの解説は英語版にもないでしょう。新たに作るということなのでしょうか?
アニメはわずか13話で原作のごく限られた内容しかカバーしていません。声優はキャスト一覧にしておくべきです。前述の通りサブキャラクターのリストまでは不要だと思います。--Metronome会話2012年4月4日 (水) 16:51 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
ありますよ。en:List of Blade of the Immortal episodes
登場人物を10人に限るとアニメの登場人物とほぼ重複することになり、プロジェクト:漫画#テレビアニメ一覧が上記漫画の「登場人物」欄とほとんど重複する場合はどちらかでよいに該当することになると思うのですが。英語版の登場人物一覧記事もそうなってますし。--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 17:04 (UTC)
それは「アニメのエピソード」ですが、アニメの一覧に漫画の一覧を組み入れるのですか? どういうことなのかよくわかりません。登場人物はアニメに登場しない人物が多数である以上リスト自体としては「ほとんど重複」ではありません。なにか社会的反響を起したわけでもない13話かぎりのアニメのキャストを漫画の一覧に入れることには賛成しません。--Metronome会話2012年4月4日 (水) 17:12 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
組み入れるのではなくて別の節にして、「単行本とアニメエピソードの一覧」というようなのを考えていたのですが、今見て回った限りでは単行本を一覧記事にはしないようで、単に「書誌情報」として「テレビアニメ」の前に書き加えればいいみたいです。アニメエピソードの一覧記事はまたそのうちということで。
Metronomeさんの意見は、要するにアニメは漫画ほど注目を浴びなかったので同列に扱いたくない、まぜこぜにしたくない、というふうなことだと思うのですが、それなら理解できます。ただ、「登場武器」を本記事から削除すると漫画の「登場人物」のあとに「スタッフ」と「主題歌」をはさんで、それとほぼ同じ項目の「キャスト」が再びくることにはなります。あと、この節の上の節に書いた見出しの名前についてもご意見いただけるとうれしいです。--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 19:42 (UTC)
えーとよくわかりませんが、結局エピソード一覧を作るのですか作らないのですか。声優キャストはアニメのサブセクションなので「登場人物」と位置的に近いとかは別に気にならないと思いますが。見出しは上にあるように私が提案したきりで放置していただけですので折を見て文案のようにするつもりです。--Metronome会話2012年4月4日 (水) 20:03 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
それは私(とMetronomeさん)の余力に応じて、ということで。とりあえず、「テレビアニメ」以外の部分を改善したいです(名前のない役柄の削除は今すぐできるとは思いますが)。--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 20:30 (UTC)

「登場人物」と「登場武器」の分割提案

上の節を参照してもらうとよいのですが、長くなったので要点を以下に示します。

無限の住人#登場人物が長いリストになったので、Wikipedia:キャラクターの記述に対するガイドライン#より専門的な内容は一覧記事でにしたがって一覧記事にすることを提案します。要点は以下のとおりです。

  • 「登場人物」を一覧記事にする。
  • その際、無限の住人#登場武器は登場人物との関わりが深いのでまとめて分割し、「無限の住人の登場人物と武器の一覧」とする。
  • その際、分割元の記事のバランスを考慮して、無限の住人#血仙蟲は主役である万次との関わりが深いのでまとめて分割し、分割先の万次の説明のなかに組み込む。
  • 元記事には主要登場人物として、万次、凛、宗理、天津、凶、槇絵、尸良、百琳、偽一、吐の10人を残し、説明を簡略化する。

以上です。ご意見よろしくお願いします。--Bugandhoney会話) 2012年4月4日 (水) 19:57 (UTC)追記--Bugandhoney会話) 2012年4月4日 (水) 20:24 (UTC)さらに追記--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 20:43 (UTC)

分割すると「血仙蟲」の節が浮くのでこれは簡略化して登場人物の一覧記事のほうで登場人物(万次)の説明のなかに組み込む、ということも提案に入れてください。--Metronome会話2012年4月4日 (水) 20:05 (UTC) 利用者:頭痛の悪質なソックパペットMetronomeの発言に見え消し修正)
すいません。忘れてました。--Bugandhoney会話2012年4月4日 (水) 20:24 (UTC)

チェック 提案どおり、分割しました。--Bugandhoney会話2012年5月3日 (木) 14:19 (UTC)

登場人物なんですが、現在、宗理を除いた9名なんですが、この9名も残す必要はあるのでしょうか。他の記事を見たら、そのような一覧を掲載していないケースもあり、気になりました次第です。そもそも分割する必要もあったのかなっていう気もしますが。--Nanafa会話2014年8月27日 (水) 03:13 (UTC)
登場人物は該当する記事で参照すればいいので除去しました。わけのわからない節で区切ってゴテゴテしたあらすじを改良し、登場人物の別記事との重複記述も解消し、だいぶ記事がすっきりとしました。--Nanafa会話2014年9月12日 (金) 10:10 (UTC)

あらすじのセクションに関して

過去に提起があったようですが、この記事のあらすじの内容には問題があります。Wikipedia:あらすじの書き方には、非常に長い作品のあらすじは可読性を高めるために、物語の内容に沿った適度な区切りをサブセクションによって設けることを推奨しておりますが、今のあらすじは話数だけで区切られており、一部は「加賀編」「不死力解明編」など内容が分かりますが、全体的に節タイトルを見ただけでは話のどの部分なのか意味が分かりません。というか、そもそも、節タイトルを設けるほどの文量でもないと思います。あらすじは分かり易く適切な長さに、という原点に立ち返り、節タイトルは除去したうえであらすじの内容を見直した方がいいと思います。連載が終了したので難しいことではないと思います。まずは節タイトルを除去しようと思うのですがいかがでしょうか。--Nanafa会話2013年12月3日 (火) 02:21 (UTC)

チェック 提案通り、節タイトルは除去したうえで、あらすじを再編集しました。といっても、節除去後の文章の前後つながりが自然になるよう文面を少し変えただけですが。連載も終了したので、後は物語終決の部分を加筆した方がいいかもしれませんね。--Nanafa会話2013年12月11日 (水) 07:43 (UTC)
あらすじに関して、これまで利用者:Metronome利用者:頭痛のソックパペット)の勝手な分類でつけた節タイトルを、除去のうえ前後のつながりが自然になるよう少し文面を変えただけの内容でしたが、冗長な部分を整理して、よりすっきりした形にしました。今後も細やかな整理は継続していこうと思います。--Nanafa会話2014年8月22日 (金) 02:10 (UTC)

登場人物の一覧について

登場人物の節に宗理がおりまして、確かに彼は作中で凛に路銀を提供するなどの役割を担っておりますが、他のキャラクターに比べてそれほど主要度が高くないと思います。特に問題がなければこの節からは除去しようと思うのですが、いかがでしょうか。--Nanafa会話2013年12月9日 (月) 02:48 (UTC)

チェック 提案通り、編集を実行しました。--Nanafa会話2013年12月16日 (月) 11:47 (UTC)