ドン・オーバードーファー

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ドナルド(ドン)・オーバードーファー(Donald Oberdorfer、1931年 - )は、アメリカ合衆国のジャーナリスト、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)付属米韓研究所理事長。

略歴・人物[編集]

ジョージア州アトランタ出身。1948年ドルイドヒル高校(en:Druid_Hills_High_School)、1952年プリンストン大学をそれぞれ卒業。朝鮮戦争の休戦後、1953年から54年まで陸軍少尉として在韓米軍に勤務する。

帰国後の1955年よりノースカロライナの地方紙『シャーロット・オブザーバー(en:The_Charlotte_Observer)』の記者となり、1958年から同紙ワシントン担当。その後『サタデー・イブニング・ポストen:The_Saturday_Evening_Post』編集(1961-68年)、ナイト・リダーen:Knight_Ridder)グループ記者(ベトナム戦争担当、1965-68年)を経て、1969年より『ワシントン・ポスト』に入社する。『ワシントン・ポスト』ではワシントン担当を務めた後、1972年から東京特派員として北東アジア情勢を取材。1975年より同紙の外交専門記者に就任し、1993年の退社まで勤めた。

外交ジャーナリストとしての活躍は高く評価されており、外交問題に関する優れた報道に与えられるEdwin M. Hood賞(米ナショナル・プレス・クラブ主催)を1981年、1988年に、同じく外交問題に関する優れた報道に与えられるEdmand Weintal賞(ジョージタウン大学主催)を1982年と1993年に受賞し、プリンストン大学客員教授も務めた。日本では中曽根康弘「不沈空母」発言報道でも知られる。1998年、『二つのコリア』で第10回アジア・太平洋賞を受賞。

現在はジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)所属のジャーナリスト(Journalist in Residence)として、調査研究のかたわら、学生の指導にあたっている。また冷戦後期の米ソ関係を扱った著書The Turn執筆に用いられた自らのインタビュー記録などをプリンストン大学に寄贈しており、この記録が同大学シーリー・G・マッド図書館で閲覧ができる。

著書[編集]

単著[編集]

  • Tet! (Doubleday, 1971).
鈴木主税訳『テト攻勢』(草思社, 1973年)
  • The Turn: from the Cold War to a New Era: the United States and the Soviet Union, 1983-1990, (Poseidon Press, 1991, updated ed., Johns Hopkins University Press, 1998).
  • Princeton University: the First 250 Years, (Princeton University Press, 1995).
  • The Two Koreas: a Contemporary History, (Basic Books, 1997, New ed., 2001).
菱木一美訳『二つのコリア――国際政治の中の朝鮮半島』(共同通信社, 1998年/特別最新版, 2002年)
  • Senator Mansfield: the Extraordinary Life of a Great American Statesman and Diplomat, (Smithsonian Books, 2003).
菱木一美・長賀一哉訳『マイク・マンスフィールド――米国の良心を守った政治家の生涯』(共同通信社, 2005年)

共著[編集]

  • 小島明)『21世紀の日米関係――経済・外交・安保の新たな座標軸』(日本経済新聞社, 1998年)

外部リンク[編集]

ジョンズ・ホプキンス大学による紹介
プリンストン大学図書館によるオーバードーファー文書の目録・内容紹介