ディスクール

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ディスクール(フランス語、discours)とは、「書かれたこと」や「言われたこと」といった、言語で表現された内容の総体を意味する概念。「言説」とも訳される。当初は言語学において考え出された概念だったが、ミシェル・フーコーの『言葉と物』、『知の考古学』を経て哲学でも大ブレイクした。批評用語としての「ディスクール」はフーコーが託した意味を引き継いで使われることが多く、単なる言語表現ではなく、制度や権力と結びつき、現実を反映するとともに現実を創造する言語表現であり、制度的権力のネットワークとされる。

[編集] 概要

フランス語における本来の意味は物事や考えを言葉で説明することであり、フランス語の一般名詞としては演説、論述などの意味も持つが、日本語において「ディスクール」が使われる場合はミシェル・フーコー的な「言語表現の総体」を意味することが多い。フーコーによれば言語によってなされた個々の表現は「「エノンセ(言表)」」とよばれ、ディスクールはこのエノンセの総体である。そしてディスクールは、無意識のうちに制度や権力と不可分に結びついており、抑圧や排除、差別といった制度的権力の構図を内包している。またディスクール自体は多くの人間による言表の集合であるために個々の言表における作品性や著作性といった要素はあまり問題とされない。これに対してハーバーマスは「理想的な対話状況」によって権力性を切り離すことが可能であると説いた。またエドワード・サイードはオリエンタリズムに関しては、という限定の上でではあるが、ディスクールに著作家自身の特徴を見て取ることができると主張している。

[編集] 参考文献

  • 中山元『思考の用語辞典』ちくま書房<ちくま学芸文庫>、2007
  • 小林康夫他編『フーコー・コレクション フーコー・ガイドブック』ちくま書房<ちくま学芸文庫>、2006