直訳と意訳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

直訳(ちょくやく)とは、別言語翻訳する際に原文の文法構造や単語を忠実に再現する手法である。基本的に、原文の単語と直訳の語とは一対一の対応関係を忠実に守る。これは結果として、原文そのもの、および意図した概念や論理構造をそのまま残すことができる点で、法律文書や学術論文など、論理性が重要視される文献には重宝される。

これに対して、文学作品のように語感ニュアンスを伝えることが重要である文献では原文の文法構造や単語にとらわれずに、その文脈が意味するところ、意図するところを上手に再現する手法、つまり意訳(いやく)が必要となる。

直訳の典型例[編集]

  • 直訳は、あまりに原文の文法的構造や単語との一対一対応を重視するために、翻訳後の言語においては違和感や稚拙さを感じる表現となる場合がある。この違和感は、論理性を重んじるがために読みづらくかかれている法文(法令の文章)に見られるのと同様のものである。
  • 日本の中等英語教育では、基本的に日本語訳は直訳で学んでいる。例えば、「Carefully」は「注意深く」、「Though」は「~だけれども」と教えている。勿論、そのような概念を持つ単語であるので、英和辞典にもそれらの単語が載っており、全くの間違いではない。しかし、前者を「ていねいに」または「たんねんに」、後者を「~だが」と訳す場合には、読者や採点者の同意が得られない場合もある。これは、言語間で概念と単語が一対一対応しているとは限らない、という問題の深部には中等教育では踏み込まない(導入部から複雑化すべきではない)という、段階的教育のために必要な単純化による、端的な弊害かつ苦渋の選択である。

意訳[編集]

意訳は、意味するところ、意図するところを再現しようと努めた翻訳と言える。

しかし、それが裏目となってしまう可能性もある。例えば、ヨハン・ゼバスティアン・バッハの作品であるドイツ語原題の"Das Wohltemperierte Clavier"に対する和訳の「平均律クラヴィーア」は、「宜しく調律された("Wohltemperierte")」に対して、「平均律」という意訳が採用されている。しかし近年の研究では「平均律」を意図しているわけではないという説が有力である。また英語の"compatible"は、文脈によっては「互換しても宜しく動作する」という意図で使われ、「互換性」と意訳されることが多いが、本来の意味である「(二つのものが)宜しく共存する、また、そのように配慮がされている」に基づいた訳語を採用すべき場合もある。

またこの意訳は、外国映画の日本語字幕でよく使われている。これには字幕の文字数規制(セリフ1秒当たり、4文字までが適正と言われている)がある為、直訳では長くなり過ぎてしまうことが大きな原因であるが、映画のセリフは直訳では作者が意図している表現にならないことも多いからである。 例えば、「アナと雪の女王」中に出てくる「Some people are worth melting for.」というセリフは直訳すると、「溶ける価値のある人もいるんだ」となるが、日本語字幕では意訳で、「(相手の名前)の為なら溶けてもいいよ」と訳されている。このようなセリフの意訳は、劇中の世界観をうまく表現する為によく行われることである。

直訳ロックブーム[編集]

1995年、ロック歌手の王様ディープ・パープルの曲を直訳し「深紫伝説」としてカヴァーしたのが火種となり、女王様パッパラー河合)が「女王様物語」の名でクイーンの直訳カヴァーを出す等した。

関連項目[編集]