ダニエラ・イラシュコ

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ダニエラ・イラシュコ=シュトルツ
CC10Vi14 Daniela Iraschko 14.JPG
基本情報
フルネーム Daniela Iraschko-Stolz
誕生日 1983年11月21日(30歳)
出身地 オーストリアの旗 オーストリア
オーストリアの旗 オーストリアシュタイアーマルク州
選手情報
クラブ WSV Eisenerz-Steiermark
使用メーカー フィッシャー
ワールドカップ
シーズン 2011年 -
優勝回数 5回
他の表彰台 12回
表彰台獲得数 17回
 
獲得メダル
オリンピック
2014 ソチ ノーマルヒル個人
ノルディックスキー世界選手権
2011 Oslo ノーマルヒル個人
スキージャンプ・コンチネンタルカップ
2009 - 2010シーズン 総合成績
2010 - 2011シーズン 総合成績
2011 - 2012シーズン 総合成績
最終更新日:2014年3月22日
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ダニエラ・イラシュコ Football pictogram.svg
名前
ラテン文字 Daniela Iraschko
基本情報
国籍 オーストリアの旗 オーストリア
生年月日 1983年11月21日(30歳)
出身地 オーストリアの旗 オーストリアシュタイアーマルク州
選手情報
在籍チーム FCヴァッカー・インスブルック
ポジション ゴールキーパー
背番号 21
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ダニエラ・イラシュコ=シュトルツ(Daniela Iraschko-Stolz、1983年11月21日 - )は、オーストリアシュタイアーマルク州レオーベン郡Eisenerz出身のスキージャンプ選手、サッカー選手。

プロフィール[編集]

女子ジャンプの国際大会が始まった1999年から、常にトップクラスの成績を残している選手である。15歳で参加した第1回のFISグランドツアー(またはFISレディースグランプリ)で総合3位となり、翌2000年からは総合3連覇、2005年にも総合優勝を達成している。2003年1月29日にバート・ミッテルンドルフ・クルムで行われたフライングの公式練習で、史上初めて200m飛んだ女性となった。

2004年、2005年には日本の宮様スキー大会で優勝(2009年にも優勝)するなど、日本との縁も深い。

2004-2005シーズンから始まったスキージャンプ・コンチネンタルカップでは、2011-2012シーズン終了時点で通算40勝、2009-2010シーズンと2010-2011シーズンに連続して総合優勝している。

チェコリベレツで開催された2009年ノルディックスキー世界選手権で、初めて正式種目となったノーマルヒル女子に優勝候補の一人として出場したが、メダルには届かず4位に終わった。

2010-2011シーズンは絶好調で冬に入ってから16戦10勝2位5回だったが世界選手権直前にザコパネの試合で転倒して右膝を痛めた[1]。しかしリハビリを重ねて2011年ノルディックスキー世界選手権に出場、怪我の影響を感じさせず金メダルを獲得した[2]

一方、サッカーではゴールキーパーとしてFCヴァッカー・インスブルック女子チームに所属[3]している。2011年1月からドイツ連邦警察のトップ選手として4年間のトレーニングを始めた[4]

私生活[編集]

  • レズビアンであることを公表しており、2013年に女性のパートナーと結婚した[5]
  • 好きな色はピンクと公言[6]しており、髪をピンクに染めているほどである。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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