ゾーイ・レイ

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Zoe Rae
ゾーイ・レイ
ゾーイ・レイ
本名 ゾエ・レイ・パーミター・ベック
Zoë Rae Palmiter Bech
別名義 ゾーイ・ベック Zoe Bech
ゾーイ・デュレイ Zoe DuRae
生年月日 1910年7月13日
没年月日 2006年5月20日(満95歳没)
出生地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 イリノイ州シカゴ
死没地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 オレゴン州ニューバーグ
職業 子役女優
ジャンル サイレント映画
活動期間 1915年 - 1920年
配偶者 ローランド・フォスター・バーロウ
著名な家族 2児

ゾーイ・レイZoe Rae, 1910年7月13日 - 2006年5月20日)は、アメリカ合衆国子役女優である[1]。出生名はゾエ・レイ・パーミター・ベックZoë Rae Palmiter Bech)、初期芸名はゾーイ・ベックZoe Bech)、ゾーイ・デュレイZoe DuRae, Zoe Durae[1]。日本ではゾオ・レーゾー・ラエ等とも表記された[2]

人物・来歴[編集]

1910年(明治43年)7月13日イリノイ州シカゴに生まれる[1]

まだ5歳に満たないころである1915年(大正4年)、ユニヴァーサル・フィルム・マニュファクチュアリング・カンパニー(現在のユニバーサル・ピクチャーズ)に入社、同年3月2日に公開されたベス・メレディス脚本、クレオ・マディソン主演の短篇映画 Their Hour に出演して、映画界にデビューする[1]。出演2作目以降は、バイオグラフ・カンパニーに移籍、同社が量産する短篇映画に出演する[1]

1916年(大正4年)3月22日に公開されたルパート・ジュリアン監督の The Desperado に出演して、ユニヴァーサルに復帰する[1]。同年、同社が設立した子会社・ブルーバード映画で、『恨の歌』、『愛の決闘』、『小国民』、『勇敢なる喇叭卒』、『山の想出』、『クリスマスの前夜』、『名花の蕾』に主演を含めて出演[1]、これらは日本でも公開された[3]

1920年(大正9年)9月20日に公開されたアルフレッド・サンテル監督の短篇映画 Rings and Things に出演したのを最後に、満10歳で引退している[1]

満24歳を迎える1934年(昭和9年)、ローランド・フォスター・バーロウと結婚、のちに2児をもうける[1]。1999年(平成11年)4月6日、夫ローランドと死別する[1]

2006年(平成18年)5月20日オレゴン州ニューバーグ老衰のため死去した[1]。満95歳没。墓所は不明である[4]

フィルモグラフィ[編集]

すべて出演作である[1]

ゾーイ・ベック時代[編集]

ゾーイ・レイ時代[編集]

関連事項[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l Zoe Rae, Internet Movie Database (英語), 2010年5月19日閲覧。
  2. ^ ゾー・ラエmovie-fan.jp, 2010年5月19日閲覧。
  3. ^ 『ブルーバード映画の記録』 : 製作・著・発行山中十志雄・塚田嘉信、1984年4月、p.60-63.
  4. ^ Zoe Rae, Find A Grave (英語), 2010年5月19日閲覧。

外部リンク[編集]