センテニアル・パーク (ナッシュビル)

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Centennial Park
Parthenon.at.Nashville.Tenenssee.01.jpg
The Parthenon is the centerpiece of the park.
分類 公立公園
所在地 テネシー州ナッシュビル
座標 北緯36度08分56秒 西経86度48分43秒 / 北緯36.149度 西経86.812度 / 36.149; -86.812
面積 132エーカー (0.53 km2)
運営者 Metropolitan Nashville Department of Parks and Recreation

センテニアル・パーク(Centennial Park (Nashville))はアメリカ合衆国テネシー州ナッシュビルのにある大きな公園で、ダウンタウンより約2マイル(3km)東のウェスト・エンド通り(アメリカ国道70号線南)沿いにあり、ヴァンダービルト大学キャンパスホスピタル・コーポレーション・オブ・アメリカの本社に面している。

132エーカー(0.53 km2)の公園は元々アン・ロバートソン・コックリルが所有する農地だった。彼女は『中部テネシーの父』として知られたジェネラルジェームズ・ロバートソンの姉妹で、州で最初の教師であった。アンドリュー・ジャクソンの妻のレイチェルの父であるジョン・ドネルソンの導きで、彼女とその家族はノースカロライナ州のウェイクCOからドネルソン・フロティラのフォート・ナッシュボロ(現在のナッシュビル)へ来た。1776年冬、インディアンがフォート・ワウトガを襲い、男たちが狩りに出ている間、川は凍り、彼女たちはそこに滞在した。アンは負傷していたけれども砦に火をつけようとするドラギング・カヌーと他のチッカマウガン・インディアンを追い払うために女性たちを熱湯のバケツ・リレーに導き、最終的にインディアンたちを追い払い、砦と家族たちを守った。彼女の勇気を称え土地が与えられたが、南北戦争後は州の催事場となった。1884年から1885年、ウェスト・サイド・パークというレース場となった。1897年、テネシー・センテニアル・アンド・インターナショナル・エキスポジションという万博の会場となりセンテニアル・パークと名前を変えた。万博終了後、建物や展示場(アテネのパルテノン神殿の等身大レプリカを含む)は取り壊され、後にナッシュビルの初期の入植者となる人たちが住むノースカロライナ州西部の名前にちなみ『レイク・ワタウガ』と名付けられた小さな人工池、沈床園、野外音楽堂のある眺めの良いオープン・エリアとなった。1960年代まで、この場所はジム・クロウ法が禁じられるまでナッシュビルの白人にとってのみのレクリエーション場所であったが、人種差別者により故意に汚され水泳プールが閉鎖された。プールだった場所はアート・センターとして再開した。

センテニアル・エキスポジションのナッシュビル・パビリオンとして臨時に建てられたパルテノン神殿のレプリカは『南部のアテネ』とナッシュビルのシンボル的に親しまれていたが、次第に壊れてきていた。1920年代、最終的に臨時の石膏の建物から半永久的なコンクリートを使い再建されて現在の姿となった。現在は主に美術館として使われている。市から依頼されたナッシュビルの著名な彫刻家アラン・ルクワイアの作品で、西洋で一番大きい室内彫刻と言われているパラス・アテナの像がある。完璧な多色使いでこのレプリカはアテネの遺跡に近い様相となった。

1954年から1967年、このパルテノンには現存しないデパートメント・ストアのハーベイズの提供により巨大なキリストの降誕のシーンを再現された。このシーンは長さ約280フィート(85m)、奥行き75フィート(23m)でカラフルなライトに照らされていた。しかしイタリアの企業に買収されたハーベイ一族はその後撤退した。その後手入れ、技術的保守、など適切な修理関係はなされなかった。1968年、深刻な破損のため展示は不可能となった。ハーベイとナッシュビル市の財政は負担となり、キリスト降誕シーンはシンシナティのショッピング・センターに売却された。ナッシュビル・バナー誌によるとキリスト降誕シーンは壊れるまでのたった2回のクリスマスにシンシナティで公開されただけとなった。

センテニアル・パークはロバート・アルトマンの『ナッシュビル』のクライマックス・シーンなど、人々に愛される多くの映画に登場した。

1998年のナッシュビルのトルネード発生まで園内は木が生い茂っていたが、その多くは嵐により破壊された。この場所はまた、嵐による唯一の死亡者であるヴァンダービルト予備役将校訓練課程士官候補生がいた場所でもあった。その時からこの公園を含むナッシュビルの屋外の広場には嵐警報機が備えられた。

2005年11月11日、センテニアル・パークはナッシュビルで初めてのワイヤレス・インターネットが使えるフリーWi-Fi公園となった。

この公園は市の公園局の管理事務所が入ったリクリエーション・センターがある。