セシル・テイラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
セシル・テイラー
Cecil Taylor
CecilTaylor.jpg
基本情報
出生名 Cecil Percival Taylor
出生 1929年3月25日(85歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州
ジャンル ジャズフリージャズ
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

{{{Influences}}}

セシル・パーシヴァル・テイラーCecil Percival Taylor1929年3月25日-)はアメリカ人のピアニスト、詩人。クラッシック音楽に基づく教育を受けているが、テイラーは一般的にはフリー・ジャズの先駆者として認識されている。テイラーの音楽は、極めて旺盛な生命力や精力を感じさせるものであり、また、肉体的存在を意識させる方法論、複雑でかつ即興によって創り出された音、塊として聞こえてくる音塊、極めて複雑な複層リズム、こうした要素が特徴だと考えることができる。テイラーのピアノ演奏の技術は、長らくパーカッションにたとえられてきた。例えば、「88個の異なる音階に調整されたドラムズ」(標準的なピアノの鍵盤数のことをさして言っている)と表されたりしている。また、テイラーは、「クラッシックの現代音楽に必要な教育を受けたアート・テイタム」などと言い表されてもきた。

人物・影響[編集]

  • 6歳のときよりピアノをはじめた。
  • 50年代から活動をはじめ、60年代には、オーネット・コールマンに先駆けてフリー・ジャズを展開。70年代以降はソロ・ピアノ、トリオ、ビッグバンドなど多彩な編成で活動を行なっている。
  • 1961年より、アルトサックス奏者ジミー・ライオンズとともに活動する機会が多くなった。
  • 極めてエネルギッシュかつパーカッシブな演奏が特徴。
  • 1973年に初来日し、各地でコンサートを行った。5月22日、新宿・厚生年金会館大ホールで行われたライブの観客席には、日本のフリー・ジャズピアニスト山下洋輔がおり、テイラーの演奏に衝撃を受けた(山下洋輔『ピアニストを笑え!』(新潮文庫)所収『セシル・ テイラー 蜜月の終り』)。2007年に、両者は共演をしている。
  • 日本のジャズミュージシャン大谷能生もファンであることを公言しており、自身のソロアルバム「JAZZ ABSTRACTIONS」にはテイラーの代表作「Conquistador!」をサンプリングした楽曲が収録されている。
  • 2013年度京都賞思想・芸術部門を受賞した。

バレエ・ダンス[編集]

ピアノに加え、テイラーはバレエ・ダンスにも興味があった。テイラーが若い頃に亡くなった彼の母親はバレエダンサーであり、ピアニスト、ヴァイオリニストでもあった。1977年、1979年にはダンサーのダイアン・マッキンタイアと協働。また、1979年には12分間のバレエ "Tetra Stomp: Eatin' Rain in Space"を作曲、演奏した。

詩人[編集]

テイラーは詩人でもあり、アミリ・バラカチャールズ・オルソンらの影響を受けている。自作の詩を演奏に用いたり、自らのアルバムのライナーノーツに掲載したりしている。


ディスコグラフィー[編集]

代表作[編集]

  • Jazz Advance, 1956
  • Looking Ahead!, 1958
  • Love for Sale, 1959
  • The World of Cecil Taylor 1960
  • Air 1960
  • Cell Walk for Celeste, 1961
  • Jumpin' Punkins, 1961
  • Unit Structures, 1966
  • Conquistador!, 1966
  • Indent, 1973
  • Akisakila, 1973
  • Dark to Themselves, 1976
  • Cecil Taylor Unit, 1978
  • For Olim, 1986
  • Olu Iwa, 1986
  • Looking (Berlin Version) Solo, 1989
  • Complicité, 2001
  • The Owner of the River Bank, 2004