ジョン・ディーン

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ジョン・ディーン

ジョン・ウェズレー・ディーン3世(John Wesley Dean III, 1938年10月14日 - )は、1970年から1973年までリチャード・ニクソン大統領の法律顧問であった人物。オハイオ州アクロン出身。

人物[編集]

彼は上院ウォーターゲート特別委員会の最重要参考人のうちの一人になり、元司法長官ジョン・N・ミッチェル(大統領再選委員会責任者)を含む、ニクソンと多くの政府官僚に対する致命的証言を行った。

彼の冒頭声明で、ホワイトハウスの録音システムの存在が明らかになり、録音テープが後にニクソン有罪の決定的証拠となった。

彼はゴールドウォーター上院議員(アリゾナ州選出の保守派、元大統領候補)の息子とプレップ・スクールの同級生であり、上院議員一家と親しかった。

彼の出世のきっかけはトーマス・ヘニングス上院議員の娘婿となり上院司法委員会スタッフとなったことである。(後に離婚し、ロサンゼルス出身のモーリーンと結婚)その縁で司法副次官になり、さわやかで明快な説明がジョン・ミッチェル司法長官の目にとまった。

ジョン・アーリックマンが法律顧問から内政担当補佐官に昇格したとき、ミッチェルの推薦で法律顧問になった。

ディーンの副顧問を勤め、長らくウォーターゲート事件のディープ・スロートとされていたにも関わらず、レーガン政権の主席法律顧問になったのがフレッド・フィールディングである。彼は9.11委員会の主席顧問となった。