ジャック・ビーソン

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ジャック・ハミルトン・ビーソン(Jack Hamilton Beeson、1921年7月15日 - 2010年6月6日)は、アメリカ合衆国作曲家。特にオペラ作品で知られ、代表作には『リジー・ボーデン』、『Hello Out There!』、『The Sweet Bye and Bye』がある。

生い立ち[編集]

ビーソンは、インディアナ州マンシーに生まれ、1928年からルエラ・ウェイマー (Luella Weimer) にピアノの手ほどきを受け始めたが、作曲を始めたのは1933年からのことであった。やがて、メトロポリタン歌劇場ラジオ放送に影響を受けたビーソンは、オペラの作曲家になるという志を立てた。1936年から1939年にかけて、ビーソンはピアノ教師を何回も代え、パーシヴァル・オウエン (Percival Owen) についたこともあった。トロント大学音楽院からは、ピアノと音楽理論の一級栄誉賞を受けるという業績を得た。1944年から1945年には、ニューヨークバルトーク・ベーラから個人教授を受けた。当時、ビーソンはコロンビア大学のオペラ・ワークショップや Columbia Theatre Associates によるオペラの制作に関わっていた。これがきっかけとなって、彼の音楽はニューヨークで初演されることになった。1946年から1947年にかけて、ビーソンはポール・グッドマン (Paul Goodman) の舞台劇を取り上げてオペラ化した『ジョナ (Jonah)』を作曲し、また、ピアノソナタ第5番も作曲した。ビーソンはローマ賞フルブライト奨学金を獲得し、これによって1948年から1950年まで、ローマに住んだ[1]

経歴[編集]

ローマ滞在中に、ビーソンは『ジョナ』を完成させ、その後、コロンビア大学における教職とオペラ制作に戻った。1953年から1954年にかけて、ビーソンはウィリアム・サローヤンの演劇作品に基づいて『Hello Out There!』のリブレット作成と作曲を行ない、その初演を監督した。1955年から1958年まで、ビーソンはケンウォード・エルムスリー (Kenward Elmslie) をの共同作業で『The Sweet Bye and Bye』を書き、ジュリアード学院で初演した。1958年から1959年にかけては、オーケストラ用の3作品と、多数の小品を作曲した。1965年1967年には、『リジー・ボーデン』をニューヨーク・シティ・オペラで録音して発表し、NET Opera でテレビ放送された。この頃、ビーソンはコロンビア大学で、マクダウェル音楽教授 (MacDowell Professor of Music) となった。1981年から1991年まで、ビーソンは作詞家シェルドン・ハーニック (Sheldon Harnick) と組んで英雄喜劇『シラノ (Cyrano)』に取り組んだ。1988年には、コロンビア大学を早期退職したが、シニア・スカラー協会 (the Society of Senior Scholars) の一員として大学には関わり続けた。2010年5月、ビーソンはアメリカ音楽センター (American Music Center) から特別表彰 (Letter of Distinction) を受けた[2]

ビーソンの教えを受けた学生たちの中には、チャールズ・ウォリネンJohn KanderPhillip RameyAlice ShieldsJoan TowerHarvey SollbergerMichael Rosenzweig盛宗亮(ブライト・シェン、Bright Sheng)、Mark Birnbaum、Richard Einhorn などがいた。ビーソンは、2010年6月6日ニューヨーク州ニューヨーク市で死去した[3][4]

出典・脚注[編集]

  1. ^ Jack Beeson Biography”. Boosey & Hawkes. 2008年8月11日閲覧。
  2. ^ 2010 American Music Center Awards announced”. NewMusicBox (2010年3月17日). 2013年11月28日閲覧。
  3. ^ Tommasini, Anthony (2010年6月9日). “Jack Beeson, Composer and Teacher, Dies at 88”. The New York Times. 2013年11月28日閲覧。
  4. ^ Sequenza21

外部リンク[編集]