シャビ
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| シャビ | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 本名 | シャビエル・エルナンデス・クレウス | |
| 愛称 | シャビ、チャビ | |
| ラテン文字 | Xavi | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1980年1月25日(29歳) | |
| 出身地 | カタルーニャ州テラッサ | |
| 身長 | 173cm | |
| 体重 | 68kg | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | FCバルセロナ | |
| ポジション | MF | |
| 背番号 | 6 | |
| 利き足 | 右足 | |
| クラブチーム1 | ||
| 年 | クラブ | App (G) |
| 1997-1998 1998- |
61 (2) 276 (26) |
|
| 代表歴2 | ||
| 2000- | 68 (8) | |
| 1. 国内リーグ戦に限る。2008年4月6日現在。 2. 2008年10月26日現在。 ■Template(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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シャビエル・エルナンデス・クレウス(Xavier Hernández Creus, 通称「シャビ」"Xavi", 1980年1月25日 - )は、スペイン・カタルーニャ州テラッサ市出身、リーガ・エスパニョーラのFCバルセロナ(以下バルセロナと略す)に所属するスペイン代表のサッカー選手。ポジションは MF(ピボーテ)。
日本での呼び方は「シャビ」が一般的だが、実際の発音は「チャビ」のほうがより近い。「チョコレート」と同じ音であると本人も語っている。
目次 |
[編集] プレースタイル
柔軟なボールタッチで確実にボールをキープし、中盤で「溜め」を作れる選手。必要以上に技巧を凝らしたプレーやトリッキーなプレーをすることはせず、正確無比なトラップとボールタッチでシンプルにかつ絶対的に中盤を支配する。彼のボールコントロールは歴代のいかなる名手と比べても引けを取らないレベルにあると言ってよい。またサッカー選手として、特に中盤の中央に位置する選手として恵まれたフィジカルを持ってはいないが、それを補って余りあるほどの頭脳的なプレーを随所で見せる。自らを「中盤のオーガナイザー」と称し、中盤の連携を密にすることによってチーム全体にリズムの良いテンポを与える。状況、時間帯、戦況に合わせて、ダイレクトパス、2タッチパス、スペースへのドリブルなどを使い分け、常に相手よりも優位で効果的なパス回し・パス散らしを行う。
特に迅速且つ的確な判断力に長けており、俯瞰の目線で見ている観客が驚くほどの絶妙なピンポイントのクロス・スルーパスを繰り出す。中盤で回すショートパスからゴールをアシストするラストパスに至るまで、シャビが出すパスの総数・成功率は、パスサッカーを展開するバルセロナにあってもチーム随一である。
加えて、自ら出したパスをフォローする動きや、先を読んだディフェンスのポジショニングも抜群に優れている。戦況に応じて、的確にポジションを修正しながら味方選手をサポートする動きに長け、バランサーとしての能力が高い。これらの事から、シャビの長所は常に2手、3手先を読んだ知的な判断力にあると言える。
近年はゴールへの意識も高まり、タイミングよくペナルティエリア周辺に出没し、苦しい試合には点を決められる決定力も備わってきている。
[編集] 経歴
[編集] クラブ
1991年、11歳でバルセロナのカンテラに加入。 1997/98シーズンにバルセロナBへ昇格。
1998/99シーズンに18歳でトップチーム・デビューを果たした。以降、チームのシンボルであるジョゼップ・グアルディオラと中盤の底でコンビを組んだ。
2001年の夏にグアルディオラがバルセロナを去り、その後継者としてプレーメーカーのポジションを譲り受けた。その後はボランチとしてフィリップ・コクーとコンビを組むことが多かった。
2003/04シーズンからバルセロナは黄金期を迎え、シャビもデコやイニエスタといった盟友と共にボールポゼッションの高い優れた中盤を構成した。
2008/09シーズンにはシャビ、メッシ、イニエスタらによるバルセロナのポゼッシングサッカーは、グアルディオラ監督の就任1年目ながら早くも黄金時代の到来を告げる完成度の高さを見せる。チャンピオンズリーグを制したバルサは、チーム史上初の三冠制覇を達成。このチームは、サッカー史上最高チームのひとつに挙げられるほどに、強く優雅に完成されたチームだった。シャビはシーズンを通してハイレベルなパフォーマンスを披露してチームに大きく貢献した。特にマンチェスター・ユナイテッドとのチャンピオンズリーグ決勝戦ではイニエスタとともに中盤を完全に支配。試合後、敵将のアレックス・ファーガソン監督は「彼はこれまで一度もボールを奪われたことがないのではないか。」とシャビのプレーに脱帽した。
[編集] スペイン代表
2000年11月15日、オランダ戦で代表デビューを飾る。 2002 FIFAワールドカップ・日韓大会では、大会を通じてレギュラーではなかったが(他にパラグアイ戦、南アフリカ戦に出場)、準々決勝の韓国戦では膠着状態の試合の流れを変える切り札として延長戦前半途中から投入され、直後に鋭いスルーパスを繰り出す。更に、この試合のPK戦で、交代出場選手でありながら3番目のキッカーに指名されるなど、ホセ・アントニオ・カマーチョ監督から一定の信頼を置かれていたことが窺える。 EURO2004・ポルトガル大会ではイニャキ・サエス監督に出場機会を全く与えられないまま、スペイン代表は1勝1敗1分という惨憺たる結果で1次リーグ敗退、大会を去る事となった。
2006 FIFAワールドカップ・ヨーロッパ予選では2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会出場を目指し、若返りを図るスペイン代表で、プレーメークを担当するピボーテのポジションを、バラハ、バレロン、デ・ラ・ペーニャ、グティ、シャビ・アロンソらと実戦の中で争い、早々にルイス・アラゴネス監督の信頼を勝ち取ってレギュラーに定着。シャビは、エースのラウールと共に代表の中心として、不動のピボーテとしてヨーロッパ予選(予選グループ10試合中8試合とプレーオフ2試合の合計10試合)を戦い スペイン代表を8大会連続12度目のワールドカップ本選出場へ導いた。
EURO2008・オーストリア/スイス大会では当初からチームの中心としてプレー。イニエスタ、ダビド・シルバ、セスク・ファブレガスと共にクアトロ・フゴーネス(4人の創造者)と呼ばれる中盤を形成し、圧倒的なテクニックとボールポゼッションで44年ぶりにスペインを2度目の優勝に導いた。また、個人としても準決勝のロシア戦で先制点を挙げ、さらに決勝では1トップのフェルナンド・トーレスに、ドイツDF2人の間を抜ける絶妙のスルーパスを送り決勝点をアシストするなどの目覚しい働きを見せた事もあり、欧州サッカー連盟(UEFA)は大会MVPにシャビを選出した。尚、準決勝のロシア戦でシャビが上げたゴールは、EURO史上500ゴール目となるメモリアルゴールであった。
[編集] エピソード
[編集] グアルディオラの後継者
- カンテラ在籍当時、トップチームのカリスマ的ピボーテだったグアルディオラに、自らの「後継者」と認められる。
彼の後継者と周囲から期待される選手は数知れないが、プレースタイル・キャリア等を考慮した客観的な見地に立つと、シャビが最も後継者に近い存在であった。そして、EURO 2008で、スペイン代表をチームの中心選手として優勝に導き、個人としてもMVPに輝いたことから、代表としてはついにタイトルに縁がなかったグアルディオラを超え、シャビはシャビとしての地位を確立したとも言えよう。カンテラ時代にシャビの才能を見抜いたグアルディオラの慧眼も狂いはなかったと言える。 - 2009年、グアルディオラが監督に就任したバルセロナでシャビは中心選手してチームを牽引。リーグ制覇、国内カップ戦制覇に加えてチャンピオンズ・リーグも制覇し、クラブ史上初の三冠を達成した。
[編集] 怪我との闘い
- 2005年12月2日 雨中の練習中、グラウンドの泥濘に足を取られて転倒。右膝前十字靭帯を断裂し、全治6ヵ月と診断される。
- 手術では、膝蓋腱形成による靭帯の再生処置が施された。
その際、担当医師はシャビの手術に立ち向かう際の精神力と決断の早さについて「強靭な精神を持った青年」と称えた。 - カンテラ在籍当時からのチームメイトであり、私生活でもシャビの親友であるガブリは、彼の怪我について、「自分はかなり戸惑っているが、彼自身はピッチにいる時と同じように落ち着いており、元気な様子だった。肉体的には最悪だが、精神的には落ち着いているようだ」と様子を語り、「彼は今まで大きな怪我などした経験がなかったから、こんなことが起こるとは嘘のようだ。自分はシャビのポジションでプレーした経験があるが、彼の代役を務めるのは難しい。彼のような選手は2人といない」と続けている。
- シャビは理学療法士の下でリハビリに取り組んだ。
- スペイン代表のアラゴネス監督は、「代表にとって非常に重要な選手だから、ワールドカップまでとにかく回復を待つ」と語る一方、シャビが出場出来ない事態を想定して、若い頃の彼を彷彿とさせる、当時18歳のセスク・ファブレガスを親善試合でデビューさせて試すなど、チームのバックアップ態勢構築に務めた。
- 2006年3月 手術直後の診断より2ヶ月早く練習場に姿を現す。
その時既にランニング、ボールを使った練習が出来る状態にあり、チームへの早期復帰に自信を示した。 - 2006年4月 リーガ・エスパニョーラ第35節、カディス戦の後半35分、デコに代わってピッチに登場。
バルササポーターの割れんばかりの拍手で出迎えられたシャビはピボーテの位置に入り、10分間プレー、復帰を果たした。
[編集] 所属クラブ
[編集] カンテラ
- 1997-1999
FCバルセロナB(2部 B / 2部) 61試合 / 2得点
[編集] プリメーラ・ディビシオン
- 1998-
FCバルセロナ 276試合 / 26得点
- 1998年8月19日 スペイン・スーパーカップのRCDマヨルカ戦でトップチーム・デビュー、初ゴールを決める。
[編集] 代表歴
2000年11月15日 オランダ戦で代表デビュー。 55試合 / 6得点
- 2002 FIFAワールドカップ・日韓大会 - ベスト8
- EURO2004・ポルトガル大会 - 1次リーグ敗退
- 2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会 - ベスト16
- EURO2008・スイス・オーストリア共催大会 - 優勝
[編集] タイトル
[編集] クラブ
- 2004-2005 FCバルセロナ リーガ・エスパニョーラ - 優勝
- 2005 FCバルセロナ スペイン・スーパーカップ - 優勝
- 2005-2006 FCバルセロナ リーガ・エスパニョーラ - 優勝
- 2005-2006 FCバルセロナ UEFAチャンピオンズリーグ - 優勝
- 2006 FCバルセロナ スペイン・スーパーカップ - 優勝
- 2006 FCバルセロナ FIFAクラブワールドカップ - 準優勝
- 2008-2009 FCバルセロナ スペイン国王杯 - 優勝
- 2008-2009 FCバルセロナ リーガ・エスパニョーラ - 優勝
- 2008-2009 FCバルセロナ UEFAチャンピオンズリーグ - 優勝
[編集] 代表
| オリンピック | ||
|---|---|---|
| 男子競技サッカー | ||
| 銀 | 2000 | 男子競技サッカー |
- 1999-1999 U-20スペイン代表 FIFAワールドユース選手権 - 優勝
- 1998-2000 U-21スペイン代表 U-21欧州選手権 - 3位
- 2000-2000 U-23スペイン代表 シドニー・オリンピック - 銀メダル
- 2008 EURO2008 - 優勝
- 緒戦からチームを引っ張り優勝に導いたほか、ベスト11にも選出され、MVPを受賞した。
[編集] 個人
- 1998-1999 最優秀新人選手(リーガ・エスパニョーラ)
- 1999 ベストイレブン(FIFAワールドユース選手権)
- 2004-2005 最優秀スペイン人選手(リーガ・エスパニョーラ)
- 2005-2005 2005年最優秀スペイン人選手(リーガ・エスパニョーラ)
- 2008 最優秀選手(EURO2008)
| FCバルセロナ - 現所属メンバー |
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1 V・バルデス | 2 カセレス | 3 ピケ | 4 マルケス | 5 プジョル | 6 シャビ | 7 グジョンセン | 8 イニエスタ | 9 エトオ | 10 メッシ | 11 ボージャン | 13 ピント | 14 アンリ | 15 ケイタ | 18 G・ミリート | 20 D・アウヴェス | 21 フレブ | 22 アビダル | 24 トゥーレ・ヤヤ | 25 ジョルケラ | 26 オイエル | 27 ペドロ | 28 ブスケ | 29 V・サンチェス | 30 V・バスケス | 31 ジェフレン | 32 ミーニョ | 35 アブラン | 36 ボティア 監督: グアルディオラ |
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