サンノゼ・シャークス
| サンノゼ・シャークス | |
|---|---|
| 創設 | 1991年 |
| チーム史 | サンノゼ・シャークス (1991-) |
| ホームアリーナ | HPパビリオン |
| 本拠 | カリフォルニア州サンノゼ |
| チームカラー | 緑がかった青 ("Pacific" teal)、黒、灰色 |
| スタンレーカップ優勝 | 0回 |
サンノゼ・シャークス(San Jose Sharks)はアメリカ合衆国カリフォルニア州サンノゼを本拠としている北米プロアイスホッケーリーグ (National Hockey League 略 NHL)チームである。
歴史 [編集]
北部カリフォルニア地区はオリジナル・シックスの登場した時代以降も根強いホッケーファンがいる地域であったが、NHL誘致の試みは初期のころは脆くも失敗に終わっていた。
1976年オークランド・シールズ (Oakland Seals) はクリーブランドへと移転し、チーム最後の2年間をクリーブランド・バロンズ (Cleveland Barons) の名で戦う。バロンズのオーナーであったジョージ・ガンド (George Gund) とゴードン・ガンド (Gordon Gund])の兄弟は、彼らが1990年まで保有していたミネソタ・ノーススターズ (Minnesota North Stars) をバロンズと合併させることに踏み切る。
1990年5月9日ガンド兄弟は新チームのフランチャイズを再び北部カリフォルニアへ戻す権利の見返りとして、保有するノーススターズの持分を売却した。こうして、5,000通にも及び郵便投票の結果と太平洋岸に棲む鮫を踏まえて、新チーム「シャークス」が誕生した。 創立1、2年目はカリフォルニア州デーリーにあるカウ・プレースで試合を行ったが、その後サンノゼ・アリーナ(後にHP Pavilionと改名、通称「鮫の水槽 (Shark Tank) 」)にホームを移す。
創立1、2年目の成績は、エクスパンションチームにありがちであるがNHLチームの中でも最低の部類であった。1992 - 1993 シーズン通算71敗はNHLのワースト記録でもあった。3年目の1993 - 1994 シーズンは 幾分成績も向上し、シーズン通算33-35-16、プレーオフでは82ポイントを上げた。このポイントは前期と58ポイント差もあり、シーズンごとのポイントを比較した差ではNHL記録であった。プレーオフ第1ラウンドで第1シード権をもつデトロイト・レッドウイングスに4勝3敗の金星をあげたが、続く第2ラウンドではトロント・メープルリーフスの前に3勝4敗で屈した。翌1994 - 1995 シーズンも前年同様に第2ラウンドで敗退した。当時シャークスの中心選手には旧ソ連系メンバー、ゴーリーのアルツールズ・イルベ(Arturs Irbe) 、ディフェンスのサンディス・オゾリンチ(Sandis Ozolinsh) 、フォワード のイゴール・ラリオノフ(Igor Larionov)、セルゲイ・マカロフ(Sergei Makarov)らがおり、チームはケビン・コンスタンチン (Kevin Constantine) 監督の指揮下にあった。
1995 - 1996 は前2期と比べると芳しいものではなく、太平洋地区最下位でプレーオフ進出を逸した。そこでチームはまたも大改造を行って、シーズン途中で オゾリンチ、ラリオノフ、またシーズン終了後には、氷上外で負傷したイルベをトレードで相次いで放出、見返りにコロラド・アバランチからフォワードのオーウェン・ノーラン (Owen Nolan) ら数選手を獲得した。その2年後、1997-1998 にシャークスは、レッドウイングスから獲得したゴーリーのマイク・バーノン (Mike Vernon) の活躍によりNHLプレーオフへと返り咲く。(このシーズン終了後、バーノンはコーン・スマイス賞を受賞。また、新ヘッドコーチにダリル・サッター (Darryl Sutter) を招聘。)サッターはかつて、日本リーグ岩倉組でプレーした経験がある。
シャークスは続く5年間連続でプレイオフ登場を果すものの、第2ラウンド進出には至らなかった。2000 - 2001 シーズンにはロシア人のゴーリーのエフゲニー・ノボコフ(Evgeni Nabokov)がスターターとして加入、リーグ最優秀新人に与えられるカルダー記念賞を受賞している。また、同年にはマイティーダックス・オブ・アナハイムのスターフォワードでフィンランド人のテーム・セラニ(Teemu Selanne)(2003年まで所属)を獲得した。
2003 - 2004 シーズンはシャークス設立以来最高の出来といわれている。レギュラーシーズンを104ポイント獲得で終了、太平洋地区優勝を成し遂げ西部カンファランスで第2シードされた。ブレーオフでも快進撃が続き、準々決勝でセントルイス・ブルースに4勝1敗、準決勝でコロラド・アバランチに4勝2敗とそれぞれ勝利したが、決勝ではカルガリー・フレームスに2勝4敗と惜敗した。
シャークスは、アメリカのスポーツチームが使用する色彩として teal (緑がかった青色) を普及させたともいわれている。
2005-2006シーズンはシーズン半ばまでプレイオフ進出ラインを行ったり来たりという状況であった。しかし、シーズン途中にスター選手ジョー・ソーントン(Joe Thornton)を、ボストン・ブルーインズから獲得しチームは上昇気流に乗る。 ソーントンによってスコアラー、ジョナサン・チーチュー(Jonathan Cheechoo)のゴールが伸び、ソーントンはリーグ最多ポイント、チーチューは最多ゴールを挙げた。 また、トレードでニューヨーク・レンジャースからヴィレ・ニエミネン(Ville Nieminen)を獲得した。 プレイオフにカンファレンス5位で進出、ファーストラウンドではナッシュビル・プレデターズを破るが、セカンドラウンドでエドモントン・オイラーズに破れた。 このプレーオフではヴェサ・トスカラ(Vesa Toskala)が活躍した。
2006-2007年は、プレーオフは安泰な位置にいた。 また、ゴールにはエブゲニー・ノボコフ(Evgeni Nabokov)とToskalaが交互に入るというタンデム式を採用していた。 トレード期限近くで、セントルイス・ブルースからビル・ゲリン(Bill Guerin)を獲得。この後の快進撃で、一気に西カンファレンス5位に押し上る。 プレーオフではまたもナッシュビル・プレデターズを破るが、デトロイト・レッドウィングスに敗れた。なおこのシーズンのプレーオフではノボコフがゴールを守ることが多かった。
2007年度に、そのToskalaをトレード。その後出場停止を喰らうマーク・ベル(Mark Bell)と共にトロント・メープルリーフスに移籍した。
シーズン別戦績 [編集]
| 年 | GP | W | L | T | OL | GF | GA | PTS | 最終順位 | プレイオフ |
| 1991-92 | 80 | 17 | 58 | 5 | - | 219 | 359 | 39 | スマイス6位 | 不参加 |
| 1992-93 | 84 | 11 | 71 | 2 | - | 218 | 414 | 24 | スマイス6位 | 不参加 |
| 1993-94 | 84 | 33 | 35 | 16 | - | 252 | 265 | 82 | パシフィック3位 | カンファランス準決勝敗退 (TOR) |
| 1994-95 | 48 | 19 | 25 | 4 | - | 129 | 161 | 42 | パシフィック6位 | カンファランス準決勝敗退 (DET) |
| 1995-96 | 82 | 20 | 55 | 7 | - | 252 | 357 | 47 | パシフィック7位 | 不参加 |
| 1996-97 | 82 | 27 | 47 | 8 | - | 211 | 278 | 62 | パシフィック7位 | 不参加 |
| 1997-98 | 82 | 34 | 38 | 10 | - | 210 | 216 | 78 | パシフィック4位 | カンファランス準々決勝敗退 (DAL) |
| 1998-99 | 82 | 31 | 33 | 18 | - | 196 | 191 | 80 | パシフィック4位 | カンファランス準々決勝敗退 (COL) |
| 1999-00 | 82 | 35 | 30 | 10 | 7 | 225 | 214 | 87 | パシフィック4位 | カンファランス準決勝敗退 (DAL) |
| 2000-01 | 82 | 40 | 27 | 12 | 3 | 217 | 192 | 95 | パシフィック2位 | カンファランス準々決勝敗退 (STL) |
| 2001-02 | 82 | 44 | 27 | 8 | 3 | 248 | 189 | 99 | パシフィック1位 | カンファランス準決勝敗退 (COL) |
| 2002-03 | 82 | 28 | 37 | 9 | 8 | 214 | 239 | 73 | パシフィック5位 | 不参加 |
| 2003-04 | 82 | 43 | 21 | 12 | 6 | 219 | 183 | 104 | パシフィック1位 | カンファランス決勝敗退 (CGY) |
| 2005-06 | 82 | 44 | 27 | - | 11 | 266 | 242 | 99 | パシフィック2位 | カンファランス準決勝敗退 (EDM) |
| 2006-07 | 82 | 51 | 26 | - | 5 | 258 | 199 | 107 | パシフィック2位 | カンファランス準決勝敗退 (DET) |
| 2007-08 | 82 | 43 | 23 | - | 10 | 222 | 193 | 108 | パシフィック1位 | カンファランス準決勝敗退 (DAL) |
| 2008-09 | 82 | 53 | 18 | - | 11 | 257 | 204 | 117 | パシフィック1位 | カンファランス準々決勝敗退 (ANA) |
| 2009-10 | 82 | 51 | 20 | - | 11 | 264 | 215 | 113 | パシフィック1位 | カンファランス決勝敗退 (CHI) |
| 2010-11 | 82 | 48 | 25 | - | 9 | 248 | 213 | 105 | パシフィック1位 | カンファランス決勝敗退 (VAN) |
外部リンク [編集]
- San Jose Sharks - official website (英語)
- The Feeder - fan Sharks columnists (英語)
- Sharkspage - fan Sharks weblog (英語)