クルテア・デ・アルジェシュ
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| クルテア・デ・アルジェシュ Curtea de Argeş |
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| 位置 | |||
クルテア・デ・アルジェシュの位置 |
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| 座標 : 北緯45度08分21秒 東経24度40分45秒 / 北緯45.13917度 東経24.67917度 | |||
| 行政 | |||
| 国 | |||
| 県 | アルジェシュ県 | ||
| 市 | クルテア・デ・アルジェシュ | ||
| 市長 | Nicolae Diaconu | ||
| 人口 | |||
| 人口 | (2004年現在) | ||
| 市域 | 32,500人 | ||
| その他 | |||
| 等時帯 | 東ヨーロッパ時間 (UTC+2) | ||
| 夏時間 | 東ヨーロッパ夏時間 (UTC+3) | ||
クルテア・デ・アルジェシュ (ルーマニア語:Curtea de Argeş、ハンガリー語: Argyasudvarhely、ドイツ語:Argisch)は、ルーマニア、アルジェシュ県の都市。ファガラシュ山脈の谷を流れるアルジェシュ川右岸にあり、ピテシュティからトゥルヌ・ロシュ峠へ向けて鉄道が通る。
[編集] 人口
- 1900年: 4,210人
- 2000年: 32,628人
[編集] 歴史
クルテア・デ・アルジェシュはルーマニア有数の古い都市である。言い伝えによると、13世紀初期に伝説上のワラキア公ラドゥ・ネグル公によってクンプルングの次のワラキア公国首都とされたという。そのために市名は宮廷を意味する。14世紀の間、エステルゴム大司教の管轄内のカトリック教会司教座がクルテアを包囲していたが、後には正教会がクルテアを奪った。
市には数カ所の中世の教会があり(ルーマニア王家の菩提寺、クルテア・デ・アルジェシュ聖堂を含む)、18世紀まで主教座が置かれていた。
その他の重要な教会は、バサラブ1世公が建てたドムネアスカ教会(王立教会)である。2003年から2004年にかけて修繕が完了した。教会は石造要塞に似て、近隣の丘に建つ防衛塔へは地下納骨堂を通じてつながっている。ワラキア公宮殿の複合遺跡は今も見られる。この宮殿は、作家アレクサンドル・オドベスクが「Doamna Chiajna」の作中でふれている。
最も有名なルーマニア伝説の一つ、マノレ親方がクルテア・デ・アルジェシュ聖堂を建てたという伝説がこの地に伝わっている。