アルベール・オーリエ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Aurier, Albert, BNF Gallica.jpg

アルベール・オーリエAlbert Aurier1865年5月5日 - 1892年10月5日)は、フランス象徴主義詩人美術評論家画家である。

生涯[編集]

アンドル県シャトールーに生まれ、1883年、法律を勉強するためにパリに出たが、間もなく美術と文学に興味を持ち、象徴主義の雑誌に寄稿するようになった。毎年開かれるラ・デカダンのサロンの評論をし、後にLa Plume誌、1889年にLe Moderniste誌、1890年の創刊時からメルキュール・ド・フランス誌に寄稿した。同誌に掲載された「孤立者たち――フィンセント・ファン・ゴッホ」と「絵画における象徴主義――ポール・ゴーギャン」という評論は、オーリエの名声だけでなくこれら2人の画家の知名度向上にも貢献した。

マルセイユへの旅行の直後、オーリエはチフスにより1892年10月5日にパリで死去した。27歳であった。次の日、彼の亡骸は彼の友人、作家、画家らによってオルレアン鉄道のオルセー駅からシャトールーまで運ばれ、その地の家族の墓に埋葬された[1]

死の6か月後、1993年4月に、彼の友人らが彼の遺稿を集め、メルキュール・ド・フランス誌から刊行した[2]

美術収集[編集]

オーリエが生前収集していたゴッホの作品の大部分は、ヘレン・クレラー・ミュラーが取得し、現在クレラー・ミュラー美術館オランダオッテルロー)に収蔵されている。コレクションのうちエミール・ベルナールやオーリエ自身の作品は、1960年にパリで展覧された。

脚注[編集]

  1. ^ 葬儀について、"G.-Albert Aurier." メルキュール・ド・フランス、1892年11月、pp.282-285参照。
  2. ^ Œuvres posthumes de G.-Albert Aurier, Edition de Mercure de France, Paris 1893.

外部リンク[編集]