アルベルト・ロルツィング

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アルベルト・ロルツィングの銅像

(グスタフ・)アルベルト・ロルツィング(Gustav Albert Lortzing, 1801年10月23日 ベルリン - 1851年1月21日 ベルリン)はドイツ作曲家

ベルリンに俳優を両親に生まれ、19歳の時にデュッセルドルフアーヘンの劇場で役者デビューを果たし、時おりテノールバリトンのパートを歌った。

最初の歌劇《ヤニナのアリ・パシャ Ali Pascha von Janina》は1828年に発表されたが、音楽家としての名声はもっぱら別の2作、《ロシア皇帝と船大工 Zar und Zimmermann》(1837年)と《密猟者 Der Wildschütz》(1842年)にかかっている。

《ロシア皇帝と船大工》は、ライプツィヒの聴衆に熱狂的には受け容れられなかった。しかしながらその後のベルリン上演で、より積極的な反応を見た。まもなくドイツ全土の舞台にかけられるようになり、現在ではドイツコミック・オペラの傑作のひとつと認められている。英語フランス語スウェーデン語デンマーク語オランダ語チェコ語ハンガリー語ロシア語にも翻訳されて上演された。物語は、ピョートル大帝が自国経済の発展のために必要と信じた、第一級の知識や技術を獲得するために、職人に身をやつしてドイツオランダイギリスを渡り歩いたという逸話に基づいている。今なおドイツ圏では強い人気を誇る作品だが、海外では一時ほどではなく、日本初演はまだ行われていない。

《密猟者》は、アウグスト・フォン・コッツェブーエの喜劇に基づく諷刺オペラである。

その他のオペラで特筆すべきは、《ポーランド男とその子ども Der Pole und sein Kind》と1845年の《ウンディーネ Undine 》であろう。

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