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== 外部リンク ==
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*[http://www.macromill.com/ 株式会社マクロミル(公式サイト)]
*[http://www.macromill.com/ 株式会社マクロミル(公式サイト)]
*[http://case.dreamgate.gr.jp/mbl_t/id=903 代表 杉本哲哉インタビュー]
*[http://case.dreamgate.gr.jp/mbl_t/id=903 杉本哲哉インタビュー]


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2010年6月14日 (月) 06:02時点における版

杉本哲哉(すぎもと てつや、1967年8月19日 - )は、日本の実業家神奈川県横浜市出身。

株式会社マクロミル東証一部:3730)創業者。現在は代表取締役会長兼社長。 社団法人経済同友会幹事。

法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科客員教授、日本マーケティング・リサーチ協会理事なども務める。

略歴

  • 1986年 神奈川県私立聖光学院中学校・高等学校卒業。
  • 1992年 早稲田大学社会科学部卒業、株式会社リクルート入社。就職情報誌営業部、財務部、新規事業開発室などを経たのち、デジタルメディア事業部門にてデータ放送の事業化検討に携わる。
  • 2000年 リクルートを退社し、インターネットを活用した市場調査(ネットリサーチ)会社、株式会社マクロミルを設立。代表取締役社長に就任。
  • 2004年 会社設立から4年弱で東証マザーズに上場を果たす。同年、創業・ベンチャー国民フォーラム主催 Japan Venture Award 2004 起業家部門で「中小企業庁長官表彰」受賞。
  • 2005年 東証マザーズ上場から1年余りで東証一部へ市場変更。代表取締役会長に就任。同年、世界各国から優れた起業家を選び表彰する国際的な起業家表彰制度「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」(EOY=Entrepreneur Of The Year®)の日本大会で「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー JAPAN 2005 日本代表」を受賞。
  • 2006年 9月、取締役ファウンダーに就任。
  • 2007年 4月から法政大学キャリアデザイン学部にて非常勤講師(2010年3月まで)、早稲田大学ビジネススクール(大学院)にて招聘講師(現任)を担当する傍ら、経済同友会の消費活性化委員会では副委員長に就任。
  • 2008年 経済同友会の幹事に就任(現任)。また、同会における消費問題委員会 副委員長の他、経済産業省「大学・大学院における起業家教育に関する検討会」委員を務めた。
  • 2009年 法政大学ビジネススクール(大学院)客員教員に就任(現任)し、イノベーション・マネジメント研究科にて教鞭をとっている。
  • 2009年 7月に株式会社マクロミルの代表取締役会長兼社長に復帰。10月、株式会社マクロミルワープ代表取締役社長に就任。

人物・背景

自動車メーカに勤務する父親と自宅でピアノを教える母親の間で育つ。子供の頃は水泳や剣道、絵画を習う一方で、読書に耽る。小学校(横浜市立中沢小学校)の高学年になると、学芸会で結成する劇団を率いたり、運動会で応援団長を張ったりした。

6年一貫の男子校(聖光学院中学校・高等学校)に入学してからは、バスケットボール部に入部する一方で8mmフィルムの映画制作に没頭しはじめ、中学2年からは毎年1本以上の自主制作映画をつくり、学園祭(聖光祭)で発表。「ぴあフィルムフェスティバル」に出品したこともあった。

大学(早稲田大学)進学を機に横浜の実家を出て、神田川近くの風呂なしアパートに独り暮らしをはじめる(引っ越しが大の苦手で、同じ部屋に卒業までいた)。サークルはザ・ワセダガーディアンに入り、3年次には、サークル創立以来50年近く、エディター職である編集長がサークルのマネジメント職も兼ねるサークルの組織改革を断行。サークル全体を統率・マネジメントする「幹事長」職を新たに設立し、初代幹事長に就く。社会科学部におけるゼミは永安幸正教授の「社会システム論」を専攻。 アルバイトが嫌いでほとんどせず、常に金欠気味だったが、本人は「どうせ社会に出たら、いやというほど働くんだから、別にわざわざ学生の時から大人の真似事をする必要はない」と、まったく気にかけていなかった。

大学入学当初は映画業界への道も考えていたが、のちにジャーナリズムに興味を持ち、就職活動はマスコミ中心に行った。ある時、リクルートの採用担当者に「ひとが何かを起こした事業を取材する人間になりたいのか? 自らが事業を起こす人間になりたいのか?」と問われ、同社への入社を決意。「人生に一度は社会の常識やライフスタイルを変えるような仕事をしたい」と考え、営業や財務、新規事業開発などの部署をハシゴし、結果、将来のベースを固めた。

新規事業開発室時代、新しい商品やサービスのマーケティングを行うにあたり、従来の紙や電話、訪問面接スタイル一色の市場調査に疑問を持ち、インターネットを活用したリサーチサービス(ネットリサーチ)を構想。「やってダメだったらコンビニで働いてでも喰っていける。どうせ1回きりの人生、後悔したくない。自分の人生を雑に生きたくない」とリクルートを退社、株式会社マクロミルを同僚ら5人と設立した。

現在のニッポンの若者に(特にバブル経済崩壊以降)夢や希望、そして元気のないことが昨今日本最大の課題だと考えており、「このままでは、日本は早晩、世界の中で名誉ある地位を占めることができなくなる」と深く憂慮。「大人はみな、自らが『若者の魅力ある先輩』として模範を示すべきだ」と語り、自身もそうありたいと心がけている。大学では「ビジネス開発と人材開発」や「事業創造方法論」などのテーマで、自身の経験も踏まえ講義している。

趣味

自他ともに認めるクルマ好き。かつて取材で「休日の趣味は?」と訊かれ「週末、クルマの試乗に行くこと」と答えたことがあるほど。「一生のうちに、できるだけ多くのクルマに乗りたい」とも発言している。日本自動車連盟の国内A級ライセンスも所有。また、最近はスクーバダイビングのライセンスも取得した。大の沖縄好きでもある。

主な掲載書

 など。

関連項目

外部リンク