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2008年5月18日 (日) 02:13時点における版

シャリーアアラビア語: شريعة‎ Shari'a)は、イスラーム教における宗教に基づく法体系[1]イスラーム法イスラーム聖法などとも呼ばれる。原義は「水場へいたる道」。シャルウともいう。

シャリーアは宗教によって定められる法ではあるが、その内容は宗教的規定にとどまらず民法刑法訴訟法行政法、支配者論、国家論、国際法戦争法にまでおよぶ幅広いものである。シャリーアのうち主に宗教に関わる部分をイバーダート(儀礼的規範)、世俗的生活に関わる部分をムアーマラート(法的規範)と称する。イバーダートは個々人と神との関係を規定した垂直的な規範、ムアーマラートは社会における諸個人間の関係を規定した水平的な規範と位置づけられる。

また、ウンマ(イスラーム共同体)は、伝統的イスラームに於いてこのシャリーアの理念の地上的表現としての意味を持つとされる。

法源

主な法源(ウスール・ル=フィクフ)は、

  1. クルアーン
  2. 預言者の言行(スンナ、それを知るために用いられるのがハディース
  3. 合意(イジュマー
  4. 類推(キヤース

の4つ。(詳細はスンナ派を参照)

学派によって違いがあるが、基本的にはこれら諸法源に基づいて、イスラーム国家の運営からムスリム諸個人の行為にいたるまでの広範な法解釈が行われる。法的文言のかたちをとった法源がなく、多様な解釈の可能性があるため、すべての法規定を集大成した「シャリーア法典」のようなものは存在しない。

一般に、上記四法源のうち上にあるものがより優先される。すなわちクルアーンによる法的判断が最優先され、クルアーンのみで判断ができない場合にスンナが参照され、スンナでも判断ができない場合にイジュマーやキヤースが行われる。ただし学派によってはイジュマーやキヤースを認めなかったり、その方法および効力に一定の制限を加えている場合もある。

なお、シーア派法学では一般にイマームのみがシャリーアを正しく解釈する能力を持つとされ、法学者を含む一般信徒による解釈より上位にある。そのためシーア派法学では歴代イマームの言行も重要な法源(ハディース)として扱われる。

運用上の特徴

運用にあたっては属人主義による。すなわちムスリムであれば世界のどこへ行ってもシャリーアが適用される(ただしハナフィー学派のみは別解釈をとる)。一方、非ムスリムであれば、たとえイスラーム圏(ダール・アル=イスラーム)に滞在・居住していたとしても、直接にシャリーアを課されることはない。ただ、非ムスリムとムスリムのあいだに生じた何らかの関係や問題についてシャリーアが適用されることはある。またシャリーアはイスラーム圏における非ムスリムの地位についての規定を含む。このようにイスラームにおける国際法とはムスリムと非ムスリムとの間の関係に関する法であり、国家間の関係に関する法であるヨーロッパ的な国際法とは位置付けが異なる。

シャリーア運用上のもうひとつの特徴は客観主義である。すなわち行為者の意思よりもその行為の外形に注目して判定を下す。これは、ある人間の意思を正確に忖度することは神にしかできないという考えによる。

世俗法との関係

かつてムスリムの間ではシャリーアは人間ではなく神が定めた絶対の掟であり、人間としての正しい生き方を具体的に示すものと広く見做された。したがって現在でも保守派ムスリムの間ではシャリーアは全てのムスリムが守るべき普遍的規範であり、その意味でシャリーアへの服従はイスラームへの信仰と同義であるという主張が強い。しかし今日に於いてはトルコを含む東欧、そしてその他の地域の移民ムスリムを中心にシャリーアの人権侵害性などを批判し、世俗法を擁護する者も少なくない。

近代以前のイスラーム世界では建前としてはシャリーアが法体系の根幹とされたが、現実には支配者の定めた世俗法(カーヌーン)や地方的慣習(アーダ、またはウルフ)も広く併用されていた。近代に入ると西洋法系の流入によりシャリーアの運用範囲が狭められ、その権威は大きく低下した。

現在イスラム圏でもアルバニアトルコなどでは政教分離が確立し、シャリーアは廃止された。他のイスラム圏でもレバノン、シリアなど比較的リベラルな国では家族法などの一部に名残を留めているだけである。

しかしサウディアラビア、イラン、アフガニスタンを初めとする国では未だにシャリーア、若しくはシャリーアの強い影響下にある世俗法・憲法による統治が行われており、人権侵害が厳しく批判されている。また、エジプトなどのように政治・法制で一定程度の世俗化が進んでいるが、シャリーアを憲法で主要法源とするなど、イスラーム国家的な側面をも保持している中間的な国家も少なくない。

シャリーアにおける人権侵害

シャリーアの人権軽視的性格として以下にあげるようなことが指摘されている。注意しなければいけないのは、ムスリムの中にもシャリーアを批判する、もしくはその精神を評価しつつも上記の人権侵害を糾弾する者も多く存在しており、上記規定を無視するムスリムが地域によっては多数派を占めることがあることである。

棄教の禁止

前近代においてはほとんどの学派が、イスラーム法においてイスラームからの離脱は死刑に処されるべきとしてきた。ハナフィー学派のみは女性の改宗者の場合終身禁固とするべきとしている。近代においても、棄教への処罰を廃止しようとする改革派の解釈は浸透せず、保守派の解釈が今なお主流である。

棄教者への死刑は、預言者の言行録(ハディース)にある「イスラームを捨てるものは殺せ」という文言に由来しているが、同時にクルアーンでは「宗教に強制はあってはならない」としている。

ムスリムと非ムスリムとの婚姻に関する制限

イスラーム法上、ムスリム男性は啓典の民に属するユダヤ教徒、キリスト教徒女性と自由に結婚でき、また啓典の民に準ずる存在としてそれ以外の信仰を持つ女性とも結婚できるのが通例である。ただしこれはムスリム男性にそのような結婚が許されているというだけのことであり、現実には結婚に当たって改宗を求める男性も少なくない。

女性は非ムスリムとの婚姻は決して許されず、発覚した場合双方姦通として死刑である。ただし、これらの法規定も、現代にはそぐわないものとみなす改革派の解釈も存在している。

イスラム教国内での非ムスリムの自由・財産・生命の権利の制限

イスラーム法において、イスラームの統治する地域(ダール・アル=イスラーム)に居住する異教徒にはズィンミーとして一定の権利保障が与えられる。彼らは自身の宗教を保持することが許され、生命権や財産権も保障される。

しかしここで保障される「信仰の自由」は、近現代において国際的に要求されている水準には達していない。ズィンミーは信仰の内面的保持(内心の自由)は完全に保障されているが、信仰の表明(宗教的な表現・結社の自由)に関しては厳しい制限があり、ムスリムの前で二等市民として控えめに振舞うことが要求されている。具体的には教会の新築が原則禁止され、修理や増築にも制限がつくこと、宗教儀礼のうちいくつかはムスリムの感情を害するとして禁止されたこと、自己の宗教的信条をムスリムの前であからさまに主張した場合、イスラーム・ムハンマドへの批判として死刑に処される場合があったことなどがあげられる。

そのほかにも、ズィンミーはジズヤと呼ばれる特別の税金を支払わなければならず、時代・地域によっては衣服などに特別のしるしをつけさせられたり、馬への騎乗が禁止される場合もあった。またズィンミーの生命権も、ムスリムのそれより軽く見られることが多く、ハナフィー学派を除き、ズィンミーを殺したムスリムに死刑は科されない。

現在多くの国でズィンミー制は公式には廃止されているが、イスラーム国家を名乗るいくつかの国家では今なお非ムスリムへの差別政策が採られる事もある。

女性の地位

前近代のイスラーム法において、女性は相続などで固有の権利を認められていたものの、男性に比べた場合その地位は一段低いものとなっていた。現代では、女性も男性同様の権利を有するべきとする改革派の解釈もかなりの程度広まっているが、国によっては猶保守的な解釈がまかり通る場合もあり、タリバーン政権などは女性を男性の所有物とみなし、その権利を著しく制限した。

女性のヴェール着用に関しては、イスラーム法上これを義務であるとする解釈が主流であったが、現代では必ずしも義務ではないとする解釈も一部で存在している。

婚外セックス

イスラーム法において、婚外セックスは犯罪とみなされており、石打ちによる死刑に処されるのが通例である。これは非イスラーム圏を中心として国際社会から厳しく批判されており、ムスリムの中にもこのような刑罰を時代に即さないと考えるものも少なくないが、イスラーム国家を掲げるイランやサウジアラビアなどでは現在でもこの法規定を遵守し、婚外セックスを行ったものへの処刑を続けている。

同性愛

前近代イスラーム社会には広く同性愛への寛容が見られたが、近代に入るとイスラーム法の同性愛禁止規定を厳格に施行すべきとする解釈が広まった。現在、多くのイスラーム法学者が同性愛を「逸脱」「汚らわしい行為」と見なしており、イランやサウジアラビアでは刑法で死刑が定められている。ただし、このような刑罰や同性愛者への迫害を時代錯誤とみなすムスリムも少なくない。

女児の早婚

イスラームの預言者ムハンマドは、アーイシャが6歳のときに婚約し、9歳のときに結婚を遂行(セックスを行うという意味と解される)したとされている[2]。そのため前近代において多くの学者は、イスラーム法における女児の最低結婚年齢を9歳であると解釈しており、現代においては女児への性的虐待ととれるような性行為であっても、結婚の上なら合法(ハラール)であった。ただしこれはイスラーム固有の現象ではなく、同時代の他の地域の法体系でも大同小異であった。

現在多くのイスラーム諸国では性的同意年齢は非イスラーム諸国と変わりなく、15歳程度に落ち着いている。ただしサウジアラビアやイランなどイスラーム国家を掲げるいくつかの国では、国法として、または慣習としてイスラーム法における結婚最低年齢が有効であり、9歳に達した女児との性行為は、結婚などイスラーム法の定める手続きをした上であれば合法となっている。

過酷な刑罰

シャリーアにおいては、盗みを犯した人物の腕や足を切断するなどのハッド刑、婚外セックス、同性愛、離教などに対する石打ちや斬首による公開処刑など、現代社会において要求される人権水準にそぐわない刑罰が存在している。そのためイランやサウジアラビアなど、シャリーアを国法として採用しているいくつかの国における刑罰は、国際社会から人権侵害として強い非難を受けている。

脚注

  1. ^ 世俗法的規定も含むため、単なる宗教法という説明は不正確
  2. ^ ブハーリーハディース集成書『真正集』「婚姻の書」第39節第1項(アーイシャ自身からの伝)、同第40節(アーイシャおよび伝承者ヒシャームからの伝)、同第59節(伝承者ウルワからの伝)その他。ハディース中の「9歳で婚姻を完成させた」という一文が実際に「性行為を行ったという意味とされるのは集成書の注記による。

関連項目