三條栄三郎

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三條 栄三郎(さんじょう えいさぶろう、1872年 - 1964年)は日本の建築家明治大正時代に福岡県で活躍した。

略歴[編集]

山形県山形市鍛治町出身。1898年蔵前高等工業学校附属教員養成所卒業。旧制仙台市立工業学校教諭、熊本県での教諭を経て、1901年旧制福岡県立工業学校教諭。1905年から1908年まで佐賀県土木部技師、1908年から1924年まで福岡県土木部技師を務めた。同年9月に退職するまでの16年間は、福岡県の多くの施設が洋風建築に建て替えられる時期で、俗に“三條時代”とよばれるように、県の建築業界を牽引した。

設計した建築物[編集]

三條が設計を担当した建築物は、旧福岡県公会堂貴賓館(明治43年竣工、国の重要文化財)、旧福岡県庁舎(大正4年竣工)、福岡県立図書館(大正7年竣工)、宮地嶽神社香椎神宮筥崎宮拝殿廻廊・楼門(大正3~6年竣工)、太宰府天満宮楼門(大正1年竣工)などで、その他福岡県立福岡高等学校本館も手がけている。