オキコ
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種類 | 株式会社 |
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本社所在地 |
日本 〒903-0203 沖縄県中頭郡西原町字幸地371 |
設立 | 1947年2月28日 |
業種 | 食料品 |
法人番号 | 4360001004290 |
事業内容 | パン、和洋菓子、めん、サンドウィッチの製造販売、干菓子、食品、ドリンク類の仕入れ販売 |
代表者 | 銘苅敏明(代表取締役社長) |
資本金 | 2億3000万円 |
売上高 | 151億円 |
純利益 |
3億500万円 (2024年6月期)[1] |
総資産 |
94億6,500万円 (2024年6月期)[1] |
従業員数 | 700名 |
主要子会社 | 沖縄明治乳業株式会社(株式会社明治と共同出資) |
関係する人物 |
仲田睦男(創業者) 仲田龍男(代表取締役会長) |
外部リンク | https://okiko.net/ |
オキコ株式会社は、沖縄県中頭郡西原町に本社を置く製パン会社である。麺類などの製造販売も行っている。敷島製パンと技術提携しており、同社製品(「Pasco」ブランド)のOEM(受託製造)も行う。社名は前身の「沖縄興業」の略称(沖興=オキコ)から。製パン事業者としては県内最大手の企業である[2]。
沿革
[編集]- 1947年 - 豊見城村(現豊見城市)に、同社の前身となる沖縄興業株式会社を設立。当時は赤瓦、カメ煉瓦の製造、販売事業を行っていた。
- 1953年 - 那覇市に製菓工場を開設。製菓事業を開始。瓦製造業からの事業転換。
- 1954年 - 製麺工場を開設。オキコそば、そーめんの製造販売事業を開始。
- 1960年 - オキコ株式会社に商号変更。
- 1966年 - 浦添村(現浦添市)に市乳工場を開設。、オキコ牛乳の製造販売事業を開始。
- 1969年 - 明治乳業との共同出資で沖縄明治乳業株式会社を設立。市乳事業を同社に引き継ぐ。
- 1972年 - 西原村(現西原町)に製パン工場を開設。パン類の製造販売事業を開始。
- 1973年 - オキコ商事株式会社を設立し、製菓事業を同社に引き継ぐ。
- 1974年 - オーブンフレッシュベーカリーとして株式会社メルヘンを設立。
- 1983年 - 生麺、茹で麺工場を開設。麺類の製造販売事業を開始。
- 1985年 - 餅、和菓子工場を開設。和生菓子の製造販売事業を開始。
- 1986年 - オキコ商事株式会社、株式会社メルヘンを、オキコ株式会社に吸収合併。
- 1987年 - 株式会社洋菓子のトレビアンの営業権を譲受。
- 1988年 - フリーゾーン(自由貿易地域)に菓子工場を開設。
- 1992年 - フリーゾーンから撤退。
- 1994年 - サンドウィッチ、調理麺工場を開設。サンドウィッチ、調理麺の製造販売事業を開始。
- 2005年 - ISO9001-HACCPの認証を取得。
- 2006年 - 食パンライン自動化。
- 2017年 - IS022000認証取得。
製品
[編集]- チョコもち
- うるま御膳
- オキコラーメン - 4個入りのミニラーメン。栃木県足利市の新栄食品株式会社にて受託生産。
- ゼブラパン
- うず巻パン[4]
- ジャーマンスィート
- 黒糖メロンパン[5]
- 紅いもパンケーキ[6]
- 超熟 - 敷島製パン(名古屋市)「Pasco」ブランドのOEM(事実上のエリアフランチャイズ。通販サイトへのリンクあり)
- その他に、神戸市に本部を置くスイス菓子エーデルワイスのフランチャイズである「エーデルワイス沖縄」を関連会社として運営
協賛事業
[編集]本土復帰直前の1970年から1971年にかけて、琉球放送のテレビ番組『オキコワンワンチャンネル』『100万人の大合戦』(公開収録による児童歌合戦)へ沖縄明治乳業とともに協賛。出場者には、両社の製品(ラーメンやチョコレートなど)が進呈されていた。ちなみに、いずれの番組でも、歌手デビュー前の南沙織が本名の「内間明美」名義でアシスタントを務めている。
脚注
[編集]- ^ a b オキコ株式会社 第78期決算公告
- ^ 2009年5月8日付け 琉球新報[1]
- ^ 沿革 オキコ株式会社
- ^ “うず巻パン | オキコ株式会社”. okiko.net. 2021年3月28日閲覧。
- ^ “黒糖メロンパン | オキコ株式会社”. okiko.net. 2021年4月22日閲覧。
- ^ “紅いもパンケーキ 紅いも&マーガリン | オキコ株式会社”. okiko.net. 2021年4月22日閲覧。
外部リンク
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