けち火
けち火(けちび)は、高知県、新潟県佐渡市に伝わる怪火[1]。
概要
[編集]人間の怨霊が火の玉と化したものとされ、草履を3度叩くか、草履に唾をつけて招くことで招きよせることができるという[1]。火の中には人の顔が浮かんでいるともいう[2]。
海上に現れるともいい、そのことから船幽霊の一種ともいわれる[3]。奈良県に伝わる怪火・じゃんじゃん火と同一視されることもある[4]。
民話研究家・市原麟一郎の著書によれば、大きく二つに大別され、人が死んだ瞬間にその肉体から発生したものと、眠っている人間から発生するものとがあるとされる[5]。
後者の事例としては、明治初期の高知県香美郡(現・香美市)の以下のような民話がある。芳やんという男が夜道を歩いていると、物部川のそばで道端にけち火が転がっていた。近づくところころと転がりだすので、好奇心から追いかけたところ、けち火も逃げ出し、その内に人家に入り込んだ。その家では、うなされながら寝ていた男が目を覚まし、妻に「芳やんが追いかけて来るので必死に逃げて来た」と語ったという[6]。
また同じく明治時代の高岡郡の民話では、斎藤熊兄という度胸のある男がけち火を目撃し、「ここまで飛んで来い」と怒鳴ったところ目の前に飛来して来た。斎藤はけち火を生け捕りにしようとするが、手でつかんだり足で踏みつけようとするたびにけち火は消え、また現れを繰り返した。ようやく両手でつかみ取って家へ持ち帰ったが、家で手を開くと、いつの間にかけち火は消えていた。翌日から熊兄は原因不明の熱病にかかり、そのまま死んでしまったという[7]。
江戸時代の土佐国(現・高知県)の妖怪絵巻『土佐お化け草紙』(作者不詳)では、鬼火と書いて「けちび」とふりがながふられている[8]。
佐渡の外海府村では、人魂のことを「ケチ」と呼んでいた[1][9]。佐渡の郷土研究者である青柳秀雄の著書『佐渡海府方言集』によれば、ケチは人魂のこととある[10]。
脚注
[編集]- ^ a b c 柳田 1956, p. 212
- ^ 多田克己『幻想世界の住人たち』 IV、新紀元社〈Truth In Fantasy〉、1990年12月23日、234頁。ISBN 978-4-9151-4644-2。
- ^ 高木啓夫 著、溝渕増巳他編纂 編『高知県史』 民俗編、高知県、1978年3月、250頁。 NCID BN03746490。 高木 1978, p. 250
- ^ “江戸の闇へとご招待! 大江戸魔界散歩”. 週刊エキサイト. エキサイト (2004年8月10日). 2012年7月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年5月14日閲覧。
- ^ 市原麟一郎編著『土佐の妖怪』一声社、1977年5月、225頁。ISBN 978-4-87077-022-5。
- ^ 市原 1979, pp. 311–313
- ^ 市原 1979, pp. 431–432
- ^ 湯本豪一編著 編『妖怪百物語絵巻』国書刊行会、2003年7月、66頁。ISBN 978-4-336-04547-8。
- ^ 石上堅『日本民俗語大辞典』桜楓社、1983年4月15日、535頁。ISBN 978-4-273-00981-6。
- ^ 梅屋潔 (1995年). “有り難きひとびと 新潟県佐渡島アリガタヤの生活史” (PDF). 神戸大学. p. 9. 2022年3月5日閲覧。
参考文献
[編集]- 柳田國男『妖怪談義』講談社〈講談社学術文庫〉、1977年4月10日(原著1956年)。ISBN 978-4-06-158135-7。
- 市原麟一郎 編『日本の民話』 35巻、未來社、1979年。 NCID BN01286946。