HAMATANI

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HAMATANI
HAMATANIの画像
プロフィール
リングネーム HAMATANI
浜谷 清
浜谷 清志
きよしくん
本名 浜谷 清志
ニックネーム ハイブリッドカポエイリスタ
ミュージカル帝王
身長 175㎝
体重 84kg
誕生日 (1970-09-03) 1970年9月3日(48歳)
出身地 神奈川県横浜市
所属 リバーサルジム横浜グランドスラム
スポーツ歴 カポエイラ
ブラジリアン柔術
トレーナー アニマル浜口
はやて
デビュー 2008年 2月16日
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HAMATANI(はまたに、1970年9月3日 - )は、日本プロレスラー。リバーサルジム横浜グランドスラム所属。

来歴[編集]

レスリングドリーマーズ [編集]

ディック東郷主宰のプロレス学校、「SUPER CREW」の後身となる「レスリングドリーマーズ」に入門。2008年2月16日東京新木場1stRINGにおける佐藤智也戦でデビュー[1]。当時は本名。佐藤悠己久保佑允は年下だが先輩にあたる。

プロ第3戦の6月7日の同大会では6人タッグながら初めてメインイベントに抜擢。以降、勝ち星に恵まれぬ日々が続くが、同年10月11日・新木場にて行われたDREAM GP 2008トーナメントにてプロ初勝利。この時の決め技はオモ・プラッタであり、当時より総合格闘技の下地が見え隠れしていた。

覆面MANIA[編集]

ドリーマーズには最終興行である2013年9月21日まで在籍。一方で2012年の覆面MANIA からは覆面レスラー・HAMATANIとして出場。ドリーマーズが解散後、プロレス活動は覆面での出場機会のほうが大きくなる[2]

シアタープロレス花鳥風月[編集]

ドリーマーズ解散後はリバーサルジム横浜グランドスラム所属として活動。代表である勝村周一朗の縁から2015年1月18日、「月闘」に出場[3]。 のちにプロレスルールで運営されるシアタープロレス花鳥風月本体にもレギュラー出場。

人物[編集]

  • 前述の経緯から覆面をかぶり始めているため、覆面レスラーでありながら正体不明ではなく、本名も公開している。また、覆面MANIA出場開始当時は「HAMATANI(浜谷清志)」と本名も併記されていた。
  • ファイトスタイルはルチャ・リブレではなくカポエイラ。ジンガと呼ばれる左右に体を揺らす独特のステップで戦い、踊るように回転蹴りを放つ。スタミナや相手とのリズムの問題から試合後半は通常のプロレススタイルになっていることが多いが、流れを引き寄せるシフトチェンジ技として倒立や側転からの蹴りを多用する。ブレイクダンスのチェアー姿勢で対戦相手を挑発するが大抵は背後から攻撃されてしまう。
  • 2015年2月に梅沢菊次郎と対戦し、ダミ声で「ハ・マ゛・タ・ニ゛ー」と威嚇されて以来、対戦相手が誰であろうとファンからも同様の声色でエールが送られている。
  • ドリーマーズ入団以前はアニマル浜口ジムに在籍。

得意技[編集]

稲妻レッグラリアート
本家のように「稲妻!」とは叫ばない。
メイアルーアプレザ
マットに片手を付けて体を半回転して相手を蹴る技。
メイアルーアザンガーオ
側宙式後ろ回し蹴り。
アルマーダ
上半身を回転させてからの外蹴り。
パワーボム
主に腕を取られた時の返し技として使用。
ラ・ボルソ
変形テキサスクローバーホルド。

入場テーマ曲[編集]

出演[編集]

CM[編集]

  • 忍者WARS事務局「忍者WARS決戦予告」ハットトリック&オウンゴールのゆくえ編[4](2016年9月)

脚注[編集]

  1. ^ ベースボールマガジン社「週刊プロレスモバイル」2008年2月16日付け熱戦譜
  2. ^ 対戦カード発表 <覆面MANIA 22>”. ミステル・カカオの日記 (2012年11月18日). 2015年6月22日閲覧。
  3. ^ 花鳥風月 格闘ファイト(仮)ルール説明”. シアタープロレス花鳥風月  (2014年12月31日). 2015年6月22日閲覧。
  4. ^ シアタープロレス花鳥風月 忍者WARS決戦予告(ハットトリック&オウンゴールのゆくえ編)”. 忍者WARS事務局 (2016年9月2日). 2016年9月4日閲覧。