井出繁三郎
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井出 繁三郎(いで しげさぶろう、1864年11月20日[1](元治元年10月21日[2])- 1932年(昭和7年)12月12日[3])は、日本の鉄道官僚、政治家。衆議院議員。
経歴
出羽国由利郡、後の本荘町(現由利本荘市)[1][4]で井出章造の長男として生まれる[5]。1891年、帝国大学法科大学法律学科を卒業[1][3]。
司法省に入省し、司法官試補、東京地方裁判所検事を歴任[1][5][3]。1896年、逓信省に転じ、鉄道事務官、逓信省書記官・通信局鉄道船舶課長、鉄道院参事、同理事、同北海道鉄道管理局長を務め、1915年に退官[1][5][3]。1919年、鉄道院神戸鉄道管理局長として復帰し、東京鉄道管理局長に異動[1]。1920年、鉄道省が発足すると監督局長に就任し1923年まで在任した[1]。
1924年5月、第15回衆議院議員総選挙で秋田県第五区から政友本党所属で出馬して当選[3]。次の第16回総選挙でも再選され、衆議院議員を通算二期務めた[3]。その他、鉄道会議議員[3]、奈良電気鉄道取締役会長[6]、帝国鉄道協会会長[1][4]などを務めた。五私鉄疑獄事件で起訴されたが、公判中死去により免訴となった[7]。
栄典
著作
- 述『刑事訴訟法総則』〈日本法律学校正科講義録〉日本法律学校、1896年。
脚注
参考文献
- 鉄道史学会編『鉄道史人物事典』日本経済評論社、2013年。
- 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。ISBN 9784816918056
- 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
- 奈良電気鉄道株式会社 社史編纂委員会 『奈良電鉄社史』 近畿日本鉄道、1963年。
- 人事興信所編『人事興信録』第7版、1925年。