コンテンツにスキップ

井出繁三郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Anakabot (会話 | 投稿記録) による 2022年11月5日 (土) 09:04個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (Bot作業依頼#新聞記事文庫へのリンク切れ修正)であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

井出繁三郎

井出 繁三郎(いで しげさぶろう、1864年11月20日[1]元治元年10月21日[2])- 1932年昭和7年)12月12日[3])は、日本の鉄道官僚政治家衆議院議員

経歴

出羽国由利郡、後の本荘町(現由利本荘市[1][4]で井出章造の長男として生まれる[5]1891年帝国大学法科大学法律学科を卒業[1][3]

司法省に入省し、司法官試補、東京地方裁判所検事を歴任[1][5][3]1896年逓信省に転じ、鉄道事務官、逓信省書記官・通信局鉄道船舶課長、鉄道院参事、同理事、同北海道鉄道管理局長を務め、1915年に退官[1][5][3]1919年、鉄道院神戸鉄道管理局長として復帰し、東京鉄道管理局長に異動[1]1920年鉄道省が発足すると監督局長に就任し1923年まで在任した[1]

1924年5月、第15回衆議院議員総選挙で秋田県第五区から政友本党所属で出馬して当選[3]。次の第16回総選挙でも再選され、衆議院議員を通算二期務めた[3]。その他、鉄道会議議員[3]奈良電気鉄道取締役会長[6]、帝国鉄道協会会長[1][4]などを務めた。五私鉄疑獄事件で起訴されたが、公判中死去により免訴となった[7]

栄典

著作

  • 述『刑事訴訟法総則』〈日本法律学校正科講義録〉日本法律学校、1896年。

脚注

  1. ^ a b c d e f g h 『鉄道史人物事典』38-39頁。
  2. ^ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、23頁。
  3. ^ a b c d e f g 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』34頁。
  4. ^ a b 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』57頁。
  5. ^ a b c 『人事興信録』第7版、い27頁。
  6. ^ 『奈良電鉄社史』冒頭の歴代役員。
  7. ^ 1936年9月20日付報知新聞(神戸大学附属図書館新聞記事文庫)
  8. ^ 『官報』第2640号「叙任及辞令」1921年5月21日。

参考文献

  • 鉄道史学会編『鉄道史人物事典』日本経済評論社、2013年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。ISBN 9784816918056
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 奈良電気鉄道株式会社 社史編纂委員会 『奈良電鉄社史』 近畿日本鉄道、1963年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第7版、1925年。