瑞穂市立穂積中学校
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瑞穂市立穂積中学校 | |
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北緯35度23分30.02秒 東経136度41分11.34秒 / 北緯35.3916722度 東経136.6864833度座標: 北緯35度23分30.02秒 東経136度41分11.34秒 / 北緯35.3916722度 東経136.6864833度 | |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 瑞穂市 |
設立年月日 | 1947年 |
共学・別学 | 男女共学 |
学期 | 2学期制 |
学校コード | C121221600013 |
所在地 | 〒501-0222 |
岐阜県瑞穂市別府1888 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
瑞穂市立穂積中学校(みずほしりつ ほづみちゅうがっこう)は、岐阜県瑞穂市にある公立中学校。開設当時の名称は「瑞穂中学校」であり、現在の瑞穂市の名と偶然にも同じになっている。瑞穂とは「みずみずしい稲穂」という意味であり、この地域が豊かであるようにの願いがあるのだという。
所在地
- 岐阜県瑞穂市別府1888
沿革
- 1947年(昭和22年) - 本巣郡穂積村、本田村、牛牧村の3ヶ村の組合立中学校として、「組合立瑞穂中学校」が開設される。本校は穂積村立穂積小学校の建物の一部を使用し、本田村立本田小学校に本田分校を、牛牧村立牛牧小学校に牛牧分校を設置する。
- 1948年(昭和23年) - 穂積村が町制施行。穂積町になる。
- 1948年(昭和23年) - 現在地に校舎が完成し、生徒全員がこの校舎への通学となる。
- 1954年(昭和29年)11月3日 - 穂積町、本田村、牛牧村、生津村の一部(馬場、生津)が合併し、穂積町になる。瑞穂中学校は組合立から穂積町立に変更され、校名を町の名前と同じとし、穂積町立穂積中学校に改称する。
- 1961年(昭和36年) - 現在の校舎が完成する。
- 1965年(昭和40年) - 体育館が岐阜国体のバレーボール大会会場(雨天時用)となる。
- 1976年(昭和51年) - 台風17号の集中豪雨により浸水(9.12水害)。4日間臨時休校となる。
- 1984年(昭和59年) - 穂積町立穂積北中学校を分離する。
通学区域[1]
- 別府
- 穂積
- 稲里
- 只越(富士山、富士山道下、城屋敷道下、城屋敷1340番1、城屋敷1340番3、城屋敷1340番5から1340番8、松原1004番1、松原1005番1)
- 十九条
- 牛牧
- 野田新田
- 野白新田
- 祖父江
- 宝江
- 東結
- 犀川