電気生理学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

電気生理学(でんきせいりがく)とは、神経筋肉心臓やその他の組織または細胞電気的性質と生理機能との関係を解明する生理学の一部門、またはそれに用いられる実験技術である。特に神経生理学は電気生理学的研究が中心であり、また現代ではイオンチャネル受容体など分子レベルの研究が進められている。

歴史[編集]

古くは18世紀末にカエルの摘出した筋肉電気刺激で収縮することをガルヴァーニが発見し、19世紀になると電気を用いる生理学研究が盛んになり、エミール・デュ・ボア=レイモンヘルムホルツを中心に進められ、神経活動が電気的活動であることが確立された。組織の電気的活動を観測する方法としては、筋電図心電図の研究が19世紀末から行われ、心電図の計測はその後研究された脳波とともに現在では臨床検査としても欠かせない技術となっている。20世紀半ばには脳・神経系の研究に電気刺激法が用いられるようになった。さらに組織・細胞の電気的活動を測定するための以下に示すような方法が発展し、電気的活動としての神経活動の詳細が明らかにされていった。 日本では、元東北大学総長の本川弘一がこの分野の研究者として草分け的な存在であり、著書に『電気生理学』(岩波全書)がある。

実験法[編集]

実験法としては、電極を組織表面、組織内(細胞外)、細胞表面、あるいは細胞内などに固定して電圧または電流の制御および測定を行う。 電極の種類には古典的な固体電極のほか、プリント基板、またガラスピペットなどの管に緩衝液を満たしたものがあり、目的に応じた形とサイズの電極が利用される。

測定方法には、電圧を固定し電流を記録するボルテージクランプ(電位固定)法と、一定の電流を流して電圧を記録するカレントクランプ(電流固定)法がある。前者は一定の膜電位でのイオンチャネルの活動を調べるのに適している。後者は神経伝達物質の作用によりイオン流が生じた際の細胞の反応を調べるのに適している。ボルテージクランプ法は電気信号を増幅器で増幅して測定するが、カレントクランプ法は増幅器を用いず直接測定することが多い。

マイクロメートル単位の小さい電極を使えば、単一細胞の電気活動を記録できる。現在では細胞の活動に影響を与えにくい微小なガラスピペットを用いることが多い。これは先端の直径が1マイクロメートル以下、電気抵抗が数メグオームのものである。これにより分子レベルの測定もできる。

細胞外記録法[編集]

生きた動物の脳に電極を刺すと、隣接するニューロンの電気活動を細胞外から記録できる。電極が先端直径1マイクロメートルほどの微小なものならば、1個のニューロンだけの活動が検出できる。これで記録される活動電位は細胞内記録によるものよりはるかに弱い(約1mV)。この例としては、デイヴィッド・ヒューベルトルステン・ウィーセル(1981年ノーベル賞受賞)による、猫の単一ニューロンが視覚刺激に反応することを示した研究がある。 電極を大きくすると、数個あるいはさらに多数のニューロンの全体としての活動が記録される。

固体電極による細胞内記録法[編集]

細胞内に細い針状電極を挿入することで、膜の内外での電位差あるいは電流を測定できる。一般に静止膜電位は-60から-80mV、活動電位は+40mVほどになる。この例としては、アラン・ロイド・ホジキンアンドリュー・フィールディング・ハクスリーによるニューロンの活動電位の研究があり、1963年にノーベル賞を受賞した。これはイカの巨大軸索にボルテージクランプ法を適用したものである。

膜電位の光学計測法[編集]

普通の電気生理学点方法は組織または細胞のある一点の電気的性質を見るものであるが、場合により空間的分布を調べる必要がある。このため、電気的環境に応じて蛍光や吸光度が変化する分子を用いた光学計測による手法も開発されている。これには膜電位感受性色素などが用いられる。膜電位感受性色素は、1970年代から、Yale大学のLarry Cohen教授のグループ(Lary Cohen (Yale Univ), Brian Salzberg (Univ Penn), Amiram Grinvald (Weizmann Inst), Bill Ross (NY Med Coll), Kohtaro Kamino (Tokyo Med Dent Univ))によって発明され、光学的に膜電位変化を計測する方法が確立された。測定システムは当初市販のものはなく、Larry Cohenらのグループは、フォトダイオードアレイを用いた測定機器を開発して、様々な標本にこれを応用した。日本においては、開発者のひとりである東京医科歯科大学 神野耕太郎名誉教授が初めて導入し、自前でフォトダイオードアレイを用いた測定機器を開発・改良して測定を開始し、心臓や神経系の機能発生・機能形成の研究を展開している。この方法は非常に微細な蛍光あるいは吸光変化を検出しなければならないためまだ精度がさほど良くなく、非常に高性能な光学検出系が必要であり、また色素そのものの毒性も報じられていることなどから測定は難しいが、今後の研究の発展に寄与するものとして期待が寄せられている。

パッチクランプ法[編集]

緩衝液と電極を入れた微小なピペットの先端を細胞膜に押し付けると、ピペット内外の液が絶縁され、押し付けられた内側部分(パッチ)の電気活動が記録できる。この方法をパッチクランプ法という。この方法はエルヴィン・ネーアーベルト・ザクマン(1991年ノーベル賞受賞)により開発された。

実験法には大きく分けて3種類ある。まずピペット内側の緩衝液を軽く吸引して細胞を吸い付ける。これによりピペット先端で囲まれたパッチにあるイオンチャネルの性質が調べられる。

次の方法として、さらに強く吸引するとパッチが破られ、緩衝液は細胞内と連続になり、従来の固体電極と同様に細胞内記録ができる。ただし欠点として、細胞質が緩衝液と混じり薄まるという点がある。これを改良するために考案されたのが穿孔パッチ法で、イオンだけを通す物質(イオノフォア)をパッチ部分の膜に取り込ませ、イオンだけは自由に通るようにする方法である。これにより、タンパク質などは外に出ないが電気的には連続になる。

もう一つの方法として、パッチを細胞から切り離し回収して調べることもできる。これは膜にあるイオンチャネルの性質を調べる優れた方法である。これにはピペット先端を細胞に押し付けた段階でパッチを切り取る方法(細胞内側がピペットの外側に来る)と、一旦パッチを破ってからその周囲の膜を引き出す方法(細胞内側がピペットの内側に来る)がある。

以上のほか、細胞内のイオン組成をなるべく変えずに記録するために、パッチクランプと同じようなピペットだが、孔径をさらに小さくしてイオンの出入りがほとんどないようにしたものを用いる方法がある。

参考図書[編集]

  • 杉晴夫 『生体電気信号とはなにか : 神経とシナプスの科学』 講談社、2006年ISBN 978-4-06-257523-2
  • 久保田博南 『電気システムとしての人体 : からだから電気がでる不思議』 講談社、2001年ISBN 978-4-06-257338-2

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

パッチクランプ法 - 脳科学辞典