雪月花

雪月花(せつげつか、せつげっか)または月雪花(つきゆきはな)[注 1]、日本語で使われる慣用句のひとつであり、白居易の詩「寄殷協律」(きいんきょうりつ)の一句「雪月花時最憶君(雪月花の時 最も君を憶ふ)」に由来する。雪(ゆき)・月(つき)・花(はな)という自然の美しい景物やみやびなもののうるわしさを表すことばである。
概要
[編集]殷協律は、白居易が江南にいたときの部下であり、長安からこの詩を贈ったものである。この詩における「雪月花の時」は、それぞれの景物の美しいとき、すなわち四季折々を指す語であった。そうした折々に、遠く江南にいる殷協律を思うというのである。
| 漢文 | 書き下し文 | 現代日本語訳 |
|---|---|---|
五歳優遊同過日 |
|
五年の間、君と過ごしたたのしい日々は、 |
「雪月花」は、日本の芸術・美術の特質の一つとしても捉えられており[3]、日本においては、この語句が詩歌だけでなく、以下に述べる含みを持つ語として使われるようになった。
「雪月花」は日本の詩歌においては、これら三種を一度に取り合わせたものを指すものとしてしばしば用いられる。日本語における初出は『万葉集』巻18に残る大伴家持の歌「宴席詠雪月梅花歌一首」である[4]。
すなわち月の明るい折に、雪と花をあわせたものを提示するという遊戯的な設定を和歌の題材としたものである。この取り合わせは『枕草子』の一節に村上天皇の挿話として見え、日本の宮廷文化においては、しばしば珍しい取り合わせとして、また「最君憶」(最も君を憶う)との連想において好まれた。「雪月花時最憶君」は『和漢朗詠集』交友の部に前句とともに採られており、先に触れた村上天皇の挿話もこの連想を下敷きにしたものである。なお、大伴家持の歌は749年・32歳の作で、白居易の詩は825年・54歳頃の作と考えられている。
現代では伝統的な日本の美の感覚を連想させる語として、さまざまな場所で用いられている。地方自治法施行60周年記念貨幣の1000円銀貨共通裏面のデザインにも採用されている。
1914年の宝塚歌劇団の組の花・月・雪という組分けもここから来ている。
なお、この雪月花に「風」を加えた「雪月風花(せつげつふうか)」という語も存在し、4つの文字それぞれが「冬(雪)」、「秋(月)」、「夏(風)」、「春(花)」の四季に対応している。
日本文化との関連
[編集]雪月花は、日本の芸術・美術の特質のひとつと考えられており、詩だけでなく他の芸能にも表現されている:
- 和歌: 大伴家持(おおとものやかもち)など多くの歌人に詠まれ、恋や別れなどさまざまな情景をえがくテーマとなった。
- 能・狂言: 「山姥(やまんば)」の小書(こがき)演出「雪月花之舞(せつげつかのまい)」といった能の演目や、豊臣秀吉が愛蔵した小面(こおもて)の銘にも使われる。
- 茶道: 「雪月花」の札を引いて行う「七事式(しちじしき)」というお点前があり、季節感を表現する[5]。
三種の景物
[編集]時代が下ると、雪月花は主に雪・月・桜の取り合わせとして理解され、この三種の景物、さらにはそうした景物をめでる風流な態度そのものを示す語句として理解されるようになった。
絵画
[編集]| 勝川春章 (1726–1793) の絵 | 月岡芳年 (1839–1892) の絵 | 歌川国貞 (1786–1865) の絵 |
|---|---|---|
| 雪月花図 | 雪月花之内 降雪之図 | 見立月雪花 『豊国画帖』より |
- 葛飾北斎 (1760–1849) の絵
- 歌川広重 (1797–1858) の絵
- 歌川国貞 (1786–1865) の絵
- 雪月花の内 雪
- 雪月花の内 花曇
脚注
[編集]注釈
[編集]- ↑ 音読語としては「雪月花」が用いられることが多いが、和語としては「月雪花」(つきゆきはな)の順で用いることが伝統的。
出典
[編集]- ↑
白居易 (中国語), 寄殷協律, ウィキソースより閲覧。 - ↑ 新釈漢文大系『白氏文集』(明治書院)による
- ↑ 矢代幸雄『日本美術の特質』(岩波書店、1943年)(第2版(1965年))
- ↑ 高岡市万葉歴史館「064回「雪の上に 照れる月夜に 梅の花」 越中万葉歌を読む~越中万葉かるたの世界~」『www.manreki.com』2021年7月30日。
{{cite news ja}}: CS1メンテナンス: url-status (カテゴリ) - ↑ 阿部宗正『茶の湯の修練七事式(裏千家茶道)花寄之式・仙遊之式・雪月花之式』世界文化社、2011年3月。ISBN 978-4-41-811300-2。
参考文献
[編集]- 川端康成『美しい日本の私―その序説』(講談社現代新書、1969年)