阿答阿者

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ビナスオール
第13王朝
第3代国王
王朝 第13王朝
在位期間 1360年 - 1390年
生年 不詳
没年 1390年2月8日
チャンパの支配領域(1380年)

ビナスオール(比那索爾, チャム語: Binasuor[1], 生年不詳 - 1390年2月8日)は、チャンパ王国占城国中国語版)第13王朝最後の国王(在位:1360年 - 1390年)。『大越史記全書』では制蓬峩(せいほうが、ベトナム語: Chế Bồng Nga)、『明史』では阿答阿者(あとうあしゃ、ベトナム語: A Đáp A Giả)と記される。イスラム名はザイナル・アビディンZainal Abidin)。

生涯[編集]

1369年以降[1]、その前年に成立したに盛んに朝貢し、外交関係を強化した。ジャヤ・シンハヴァルマン3世の代に陳朝大越に割譲して喪失した烏州ベトナム語版里州ベトナム語版を奪回すべく軍制改革を中心に国力増強を図り、大越からの投降者を優遇した。即位翌年の1361年より[1]攻勢に出て化州中国語版に侵攻し、1371年1377年1378年と3度にわたって大越の都昇龍を攻撃した。1377年には親征に乗り出した大越皇帝の睿宗を敗死に追いやり[2]、大越軍を圧倒した。しかし、1380年頃から黎季率いる水軍や杜子平ベトナム語版率いる歩兵といった大越軍の反撃を受けて戦況は膠着状態に陥った。1390年海潮江英語版の戦いでは、罪を得た家臣の波漏稽が、ビナスオールに誅殺されるのを恐れて大越軍に奔り、大越軍司令官の陳渇真中国語版にビナスオールの乗っている艦の目印を教えた。これにより所在を知った大越軍から火砲を打ちかけられてビナスオールの艦は撃沈され、ビナスオールは船上で戦死を遂げた。

出典[編集]

  1. ^ a b c Cœdès,P237
  2. ^ Cœdès,P238

参考資料[編集]

先代:
マハーサーヴァ
チャンパ王
第13王朝第3代:
1360年 - 1390年
次代:
シンハヴァルマン6世