釜蓋城

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釜蓋城(かまぶたじょう)は、有馬氏の家臣千々石淡路守直員千々石ミゲルの実父)が城主として付近一帯を支配拠点とした日本の城。標高154メートル山城である。

歴史[編集]

  • 1569年 - 築城。
  • 1577年 - 有馬氏と対立していた佐賀龍造寺隆信の軍が千々石を攻める。当時、千々石と釜蓋城を守っていた千々石大和守直員(淡路守養子)は奮闘するも、有馬援軍の遅れもあって、家臣とともに自刃。

現在[編集]

城のあった山の麓には、大和守の遺言により建てられた天満宮が残る。城跡は公園として整備されており、グラウンドや展望台などから千々石湾千々石の街並みを望むことができる。また、城山を下りると「軍神」として有名な橘中佐を祀った橘神社がある。

毎年春には千々石氏とその家来らを偲んで、武者行列に松明を灯し町内を行進してゆく観応火宴が催される。