野田町 (樺太)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
野田町
廃止日 1949年6月1日
廃止理由 国家行政組織法施行
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 樺太地方
都道府県 樺太庁 真岡支庁
真岡郡
総人口 7,366
1941年12月1日
隣接自治体 真岡郡小能登呂村
泊居郡泊居町
豊栄郡落合町
野田町役場
所在地 樺太庁真岡郡野田町
座標 北緯47度27分02秒 東経141度59分03秒 / 北緯47.45056度 東経141.98417度 / 47.45056; 141.98417座標: 北緯47度27分02秒 東経141度59分03秒 / 北緯47.45056度 東経141.98417度 / 47.45056; 141.98417
特記事項 1943年4月1日以降は北海地方に所属。
 表示 ウィキプロジェクト

野田町(のだちょう)は、日本の領有下において樺太に存在した

野田という地名は、アイヌ語の「ノタ・サム(ノッ・サム)」(岬の傍ら)による[1]

当該地域の領有権に関する詳細は樺太の項目を参照のこと。現在はロシア連邦サハリン州チェーホフ (Чехов) などとして、実効支配している。

概要[編集]

西は間宮海峡に面していた。主な産業は漁業と炭鉱業であった。公共交通機関としては樺太西線があった。

1921年、鉄道が開通するとともに王子製紙野田工場が操業を開始し、製紙業の街となった[2]

歴史[編集]

町内の地名[編集]

旧野田寒村地域
  • 野田
  • 西知取(にししりとる)
  • 梅香(ばいか)
  • 杖遠(つえとお)
  • 釜牛(かまうし)
  • 有戸(ありと)
  • 上南沢(かみみなみのさわ)
  • 南沢(みなみのさわ)
  • 北沢(きたのさわ)
旧久良志村地域
  • 久良志(くらし)
  • 小霜(おしも)
  • 美多良(びたら)
  • 亜牛(あうし)
  • 荒鯉(あらこい)
  • 初志(はつし)
  • 桑間(くわま)
  • 小岬(こみさき)
  • 有部(ありべ)
  • 崎越(さきごし)
  • 知登(ちと)
  • 辺宇気(へんうけ)
  • 鵜巣(うす)

[3]

地域[編集]

教育[編集]

以下の学校一覧は1945年(昭和20年)4月1日現在のもの[4]

  • 樺太公立小岬国民学校
  • 樺太公立久良志国民学校
  • 樺太公立野田国民学校
  • 樺太公立北沢国民学校
  • 樺太公立南豊国民学校

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 南樺太:概要・地名解・史実 p.335
  2. ^ 樺太林業史編集会 『樺太林業史』 p109-110 1960年 農林出版株式会社
  3. ^ 南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)より。
  4. ^ 北海道立教育研究所『北海道教育史 地方編2』(1957年)p. 1684

関連項目[編集]