貞宗

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短刀 無銘貞宗(寺沢貞宗)文化庁保管 国宝

貞宗(さだむね(生没年不詳:元応元年(1319年(3月11日[1]、一説に貞和5年(1349年) [2] 没か))は、鎌倉時代末期の相模国(神奈川県)の刀工で、正宗の子、または養子と伝えられ、現存在銘刀はないが相州伝の代表的刀匠とされている。

系譜[編集]

貞宗の名は最古の刀剣書である観智院本『銘尽』に初めて現れる(同書は応永30年(1423年)の写本だが、本文には正和5年(1316年)に記載された内容を含む)[3])。 そこには「正宗五郎入道 貞宗 彦四郎左衛門尉ニにんす」とあり、直接の親子関係は示されていない。 正宗との系譜は注1[1]、注2[3]以外に、文明15年(1483年)に書かれた 『能阿弥本銘尽』に「江州高木ニ住間号高木彦四郎、五郎入道子」と記され[4][5])、現存在銘刀はないが、実在の刀匠である。 また、文亀元年(1501年)の『宇都宮銘鑑』に次のように記される[6]

正宗┬広光 九郎次郎─秋広 貞治頃
  └貞宗 彦四郎

また、「天正7年(1579年)竹屋理庵本」には次のように記される[6]

正宗┬貞宗 正宗長男彦四郎
  ├広光 同弟子九郎次郎

『能阿弥本』以下3つの系図は貞宗在世時の150-200年後のもので貞宗に在銘刀がないので傍証になるが、正宗の弟子であり、子、または養子と伝えられる。 貞宗の鑑定は正宗や、その師新藤五国光や、貞宗子とされる秋広、あるいは特に初代信国(上記刀剣鑑定書に記されないが貞宗弟子とされる刀匠)などの刀や刀銘年記により行われている。

作風[編集]

貞宗の作刀は、元来長寸の太刀であったものを後世に磨上(すりあげ)とした刀のほか、短刀、平作りの脇差がある。刀は亀甲貞宗のような身幅、切先とも尋常な作と、切先の延びたものがあり、後者は南北朝時代に入っての作と思われる。短刀はやや寸延びで重ね薄く、わずかに反りのついた、時代の特色を示すものが多い。 作風は正宗の風を継いだ沸(にえ)の美を追求したもので、典型的な作風は次のようなものである。地鉄は小板目肌つみ、地沸(じにえ)よくつき、地景しきりに入る。刃文は湾れ(のたれ)を主体に互の目(ぐのめ)を交えるものが典型的で、刃中に金筋(きんすじ)、砂流(すながし)などの働きが盛んであり、匂口深く、小沸つき、地刃ともに明るく冴えるものである。全般に正宗に似るが、穏健な作風で、正宗ほどには地景や金筋の目立たないものである。 無銘短刀「物吉貞宗」や無銘伝貞宗脇指(久能山東照宮)に見られる不動明王薬師如来種子や蓮台などの彫り物(画像典拠[7])は、正宗の伯父大進房や正宗の師新藤五国光の系統につながり、弟子とされる信国 (初代)に受け継がれる[8]

刀剣用語の補足説明

  • 沸(にえ) - 刃文を構成する鋼の粒子が肉眼で1粒1粒見分けられる程度に荒いものを沸、1粒1粒見分けられず、ぼうっと霞んだように見えるものを匂(におい)と称する。沸も匂も冶金学上は同じ組織である。沸と同様のものが地の部分に見えるものを地沸と称する。沸の美を追求するのが正宗をはじめとする相州伝の特色である。
  • 金筋(きんすじ)、地景(ちけい) - 刃中に沸が線状に連なって光って見えるものを金筋といい、同様のものが地の部分に見えるものを地景と称する。このように地刃にさまざまな変化を見せることを「働きがある」と言い、「砂流」(すながし)、「稲妻」、「地斑」等と称するものも「働き」の一種である。
  • 匂口 - 刀剣の地と刃の境目をなす部分を匂口といい、これが細く締まっているものを「匂口締まる」、幅広いものを「匂深い」などと表現し、その他作風によって「匂口沈む」「匂口うるむ」等と表現する。

代表作[編集]

刀 無銘貞宗(切刃貞宗) 重要文化財(東京国立博物館)
国宝
重要文化財
  • 刀 無銘貞宗(切刃貞宗)(東京国立博物館)
  • 刀 無銘貞宗(二筋樋貞宗)(個人蔵)
  • 刀 無銘伝貞宗(幅広貞宗)(法人蔵)
  • 刀 無銘伝貞宗(個人蔵)1952年指定
  • 刀 無銘伝貞宗(個人蔵)1954年指定
  • 短刀 無銘貞宗(池田貞宗)(所在不明)
  • 短刀 無銘伝貞宗(斎村貞宗)(個人蔵)
  • 短刀 無銘貞宗(石田貞宗)(東京国立博物館)
  • 短刀 朱銘貞宗 本阿(花押)(朱判貞宗)(法人蔵)
  • 短刀 無銘貞宗(物吉貞宗)(愛知・徳川美術館
  • 短刀 無銘貞宗(個人蔵)1938年指定、伊達家伝来
  • 脇指 無銘伝貞宗(久能山東照宮

貞宗の現存作刀には在銘物は皆無である。「朱銘貞宗」とあるのは、生ぶ茎(うぶなかご)無銘の短刀に本阿弥家が朱漆で鑑定銘を入れたもので、貞宗本人の銘ではない。

2014・2015年の文化庁による所在確認調査の結果、所在不明とされた物件については「所在不明」とした。[9]

脚註[編集]

  1. ^ a b 本覚寺過去帳から、 正宗二十二世孫の山村綱広が記した「刀匠の秘密厳守」(日本刀講座 ; 9)p.28 NCID BN03943899
  2. ^ 仰木弘邦; 田中汲古齋, 今井喜兵衞 : 齋藤庄兵衞 : 勝村治右衞門 『古刀銘盡大全』、1792年NCID BA7015971X 
  3. ^ a b 国立国会図書館の貴重書、応仁30年(1423年)の写本 http://rarebook.ndl.go.jp/
  4. ^ 『能阿弥本銘尽』刀剣博物館蔵
  5. ^ 以上の刀剣古伝書に関する記述は、小笠原信夫「正宗弟子説の成立過程--「古今銘尽」開版の諸条件」、『東京国立博物館研究誌』第497巻、東京国立博物館、1992年8月、 28頁、 NAID 40000022445、による。
  6. ^ a b 小笠原信夫 1992, p. 23.
  7. ^ 解説版新指定重要文化財6 工芸品III』、毎日新聞社、1982, p.391-393
  8. ^ 伊藤満 『刀剣に見られる梵字彫物の研究 : 刀工と修験道の関係』 大塚巧藝社、1989年NCID BA43308351 
  9. ^ 文化庁「国指定文化財(美術工芸品)の所在確認調査の概要(第1次取りまとめ)について(平成26年7月4日)」文化庁「国指定文化財(美術工芸品)の所在確認調査の結果(第2次取りまとめ)の概要について」(平成27年1月21日)「国指定文化財(美術工芸品)の所在確認の現況について」(平成28年5月13日)

参考文献[編集]

  • 文化庁編『国宝事典 新増補改訂版』、便利堂、1976
  • 『解説版新指定重要文化財6 工芸品III』、毎日新聞社、1982
  • 『週刊朝日百科 日本の国宝』31号、45号、100号、朝日新聞社、1997・1999

関連項目[編集]