蒲生晴明

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蒲生 晴明(がもう せいめい、1954年4月5日 - )は、東京都出身の元ハンドボール選手、指導者。ニックネームは「ガモ」。日本代表の監督も務めた。1999年4月から中部大学に転籍し、2005年4月健康科学教室教授(2011年:健康とスポーツ教育科教授)として体育・スポーツを教育する傍ら、同大学ハンドボール部監督・総監督・部長を歴任している。

来歴[編集]

中央大学附属高等学校から中央大学に進学し、1年で全日本入り。以来、オリンピックで3大会(モスクワを含む)連続で代表に選ばれ、世界選手権などの国際大会でも活躍した。

卒業後入社した大同特殊鋼でも攻撃記録の最高数を樹立。1970年代から1980年代にかけて日本ハンドボール界をリードしていた。引退後は日本代表監督を務める。

日本ハンドボール協会では、ナショナルトレーニングシステム(通称:NTS 一貫指導システム:競技者育成プログラム)を中心となって策定実践した。この事が認められ日本オリンピック委員会では、各競技団体の競技者育成プログラム策定を中心となってサポートした。

2005年から日本ハンドボール協会強化本部長を務め、2008年北京オリンピックアジア予選における「中東の笛」では、総監督としてベンチにも入った。国際スポーツ裁判(CAS)にも、出廷し不正疑惑を訴えた。

2009年からは、引き続いて日本ハンドボール協会国際担当常務理事も務めハンドボールの普及活動に当たっている。2011世界選手権(スウェーデン)アンバサダー。

日本ハンドボール協会の副会長兼専務理事を務めていたが、一部幹部らの組織運営に問題があったとして、2017年10月に解任動議を提出され、辞任した[1]

競技者歴[編集]

  • 1974年 世界選手権(東ドイツ)出場 12位
  • 1976年 モントリオールオリンピック出場 9位
  • 1977年 アジア選手権(クウェート) 金メダル
  • 1978年 世界選手権(デンマーク)出場 12位
  • 1980年 モスクワオリンピック出場権獲得(日本不参加)
  • 1980年 アジア選手権(中国・南京) 金メダル
  • 1982年 アジア大会(インド) 銀メダル
  • 1982年 世界選手権(西ドイツ)出場 14位
  • 1983年 アジア選手権(韓国・ソウル) 銀メダル
  • 1984年 ロサンゼルスオリンピック出場 10位
  • 日本リーグ - 優勝8回
  • 全日本総合選手権 - 優勝2回
  • 国民体育大会 - 優勝4回
  • 全日本実業団選手権 - 優勝6回
  • 全日本学生選手権 - 優勝2回
  • 全国高校総合体育大会 - 優勝1回

受賞歴[編集]

  • 日本スポーツ賞受賞
  • ミズノスポーツメントール賞受賞
  • 中部スポーツ賞受賞
  • スペインカップMVP
  • 日本ハンドボールリーグベスト7 - 8年連続8回
  • 日本ハンドボールリーグ得点王 - 6年連続6回
  • 日本ハンドボール7mスロー得点賞 - 5回
その他多数受賞

日本代表監督歴[編集]

  • 1992年 東アジア選手権(上海) 金メダル
  • 1993年 アジア選手権(バーレーン) 銅メダル
  • 1994年 アジア大会(広島) 銀メダル
  • 1995年 世界選手権出場(アイスランド)
  • 1995年 アジア選手権(クウェート) 第4位
  • 1997年 JAPANCUP 銀メダル
  • 1998年 JAPANCUP 金メダル
  • 1998年 アジア大会(バンコク) 銅メダル

中部大学指導歴(1999~)[編集]

  • 全日本総合選手権 - 3回出場
  • 全日本学生選手権 - 優勝1回、準優勝1回、3位1回
  • 西日本学生選手権 - 優勝3回、準優勝4回
  • 東海学生リーグ - 優勝13回、準優勝12回

脚注[編集]

  1. ^ 新会長に湧永氏を選出 混乱のハンドボール協会河北新報、2017年10月28日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]