菅野宗之

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菅野 宗之(すがの の むねゆき、生没年不詳)は、平安時代前期の官人氏姓葛井連のち菅野朝臣官位従五位下越中介

経歴[編集]

貞観4年(862年釈奠において、直講として『春秋左氏伝』を講じる(この時の位階従七位上)。のち、従六位下左少史に叙任され、貞観5年(863年兵部少録・葛井居都成ら一族3人とともに河内国丹比郡から右京職に本拠を移貫した。右大史に昇任された後、貞観6年(864年)居都成ら一族とともに葛井連から菅野朝臣改姓している。

貞観8年(866年)左大史・長岑恒範とともに従五位下に叙せられ、恒範は伊豆守に、宗之は越中介に任ぜられ、いずれも官史を離れて地方官に転じた。

官歴[編集]

日本三代実録』による。

参考文献[編集]