コンテンツにスキップ

米山明広

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

米山 明広(よねやま あきひろ、1965年(昭和40年)9月18日 - )は、日本銀行家スルガ銀行代表取締役社長を務めた。

来歴・人物

[編集]

静岡県出身。明治大学工学部卒業後、駿河銀行(現:スルガ銀行)に入行。

IT部門、海外支店、経営企画部門、審査部門など幅広く歩み、2009年にIT部門トップに立つと、難しいとされたシステムの全面更改などを実現させ、IBMとの訴訟合戦に於いても全面勝訴に導いた。

2016年に、取締役選任と同時に17人抜きでのトップ就任を果した。50歳での社長就任は前任者から21歳の若返りで、当時の地方銀行業界で最若手経営者であり、5代続けてトップを務めてきた創業者一族の岡野家以外からの初の経営トップである[1][2][3]。2018年9月7日、シェアハウスオーナーへの融資に端を発する不正融資問題の調査において、第三者委員会の報告書にて責任を指摘されたことを受けて、代表取締役社長を引責辞任した[4][5]

2025年10月31日、静岡地裁(日野直子裁判長)は、スルガ銀行が不正融資問題について旧経営陣に総額35億円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、米山や元会長の岡野光喜など旧経営陣6人に計約13億3500万円の支払いを命じた。シェアハウスの入居率低下などを知りながら、新規融資を停止してそれまでの債権保全措置に合理性があるかを調査する義務を怠ったと認定した[6][7][8]

略歴

[編集]
  • 1989年(平成元年) - 明治大学工学部卒業後、駿河銀行(現スルガ銀行)入社。
  • 2002年(平成14年) - 審査部企画管理部長。
  • 2004年(平成16年) - 沼津セントラル支店長。
  • 2005年(平成17年) - 横浜戸塚支店長。
  • 2007年(平成19年) - 品質サポート部担当部長。 
  • 2009年(平成21年) - システム部システム企画 企画グループ長。
  • 2014年(平成26年) - システム部企画グループ部長。
  • 2015年(平成27年) - 執行役員システム部長。
  • 2016年(平成28年) - 代表取締役社長。
  • 2018年(平成30年) - 代表取締役社長を引責辞任。

脚注

[編集]
  1. “<スルガ銀社長交代>50歳の新社長「強み生かす」”. 静岡新聞. 2016年6月24日. 2016年6月26日閲覧.
  2. “スルガ銀、31年ぶりトップ交代 一族経営脱し若返り”. 日本経済新聞. 2016年6月24日. 2016年7月15日閲覧.
  3. “役員の異動に関するお知らせ”. スルガ銀行. 2016年6月23日. 2018年5月16日閲覧.
  4. スルガ銀行 30年以上トップに君臨、岡野会長の姿なく 毎日新聞 2018年9月7日
  5. “スルガ銀の組織的不正認定 第三者委、経営責任言及”. 静岡新聞. 2018年9月8日. 2018年9月8日閲覧.
  6. 旧経営陣らに123456億円賠償命令 スルガ銀の不正融資問題―静岡地裁”. 時事ドットコム (2025年10月31日). 2025年11月1日閲覧。
  7. スルガ銀行・岡野光喜元会長らに13億円賠償命令 不正融資で静岡地裁”. 日本経済新聞 (2025年10月31日). 2025年11月1日閲覧。
  8. スルガ銀行旧経営陣への損害賠償訴訟 約13億円支払い命じる”. 毎日新聞 (2025年10月31日). 2025年11月1日閲覧。
先代
岡野光喜
スルガ銀行社長
第6代:2016年 - 2018年
次代
有国三知男