米倉功

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米倉 功(よねくら いさお、1922年5月25日 - 2015年12月6日[1])は日本の実業家伊藤忠商事の社長・会長、経済団体連合会副会長を務めた。勲一等瑞宝章藍綬褒章トルコ共和国功労勲章受章。

来歴[編集]

愛知県出身。愛知一中(のちの愛知県立旭丘高等学校)、東京商科大学予科を経て、東京商科大学(のちの一橋大学)卒業。1947年10月大建産業(のちの伊藤忠商事)入社。

繊維部、ロンドン支店、業務部、業務本部を経て[2]、1975年3月取締役、1977年常務。取締役~常務取締役時代は、自動車本部長、機械本部長、業務本部長を歴任。

1981年6月専務、1982年6月副社長[3]。1983年から1990年まで伊藤忠商事社長、1990年から1996年まで同会長。伊藤忠の売上高で商社業界1位を達成。

1992年から1996年まで経済団体連合会副会長。第一勧業銀行監査役、日本ハンドボール協会会長、日本・トルコ協会会長等も務めた。

1986年藍綬褒章受章[4]。1999年勲一等瑞宝章受章、同年トルコ共和国功労勲章(Liyakat Nişanı)受章。叙従三位[5]

人物[編集]

中学から大学予科まで相撲部で、大学予科では相撲部キャプテンを務めた[6]。大学では体育会バレーボール部に所属。部の後輩に荒川和夫(のちサッポロビール社長)などがいる[7]

入社直後の東京支店繊維部では直属の課長が戸崎誠喜(のち社長)であり、戸崎から外国人ビジネスマンとの交渉術を学んだ。1971年には、瀬島龍三専務(のち会長)の指名によって、米国ゼネラルモーターズいすゞ自動車との資本提携プロジェクトの担当部長に起用され、GMとの提携交渉を手掛けた。

略歴[編集]

  • 1922年 愛知県生まれ
  • 1947年 東京商科大学卒、大建産業入社
  • 1949年 伊藤忠商事入社
  • 1954年 - 1960年 ロンドン支店[8]
  • 1975年 - 1977年 取締役
  • 1977年 - 1981年 常務取締役
  • 1981年 - 1982年 専務取締役
  • 1982年 - 1983年 代表取締役副社長
  • 1983年 - 1990年 代表取締役社長
  • 1990年 - 1996年 代表取締役会長
  • 1992年 - 1996年 経済団体連合会副会長
  • 2015年 死去。93歳没。

脚注[編集]

  1. ^ 米倉功氏が死去 伊藤忠商事元会長 日本経済新聞 2015年12月9日
  2. ^ 1983/07, プレジデント
  3. ^ 1983/05, 財界 春季特大号
  4. ^ 1986/04/28, 日本経済新聞
  5. ^ 平成28年1月12日官報
  6. ^ 1983/07, プレジデント
  7. ^ 1985/07/02, 日本経済新聞、1983/04/19, 日本経済新聞
  8. ^ 1983/05, 財界 春季特大号
先代:
戸崎誠喜
伊藤忠商事社長
1983年 - 1990年
次代:
室伏稔
先代:
田口連三
日本・トルコ協会会長
1990年 - 2008年
次代:
丹羽宇一郎