福砂屋

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本来の表記は「福‌砂屋」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
株式会社 福砂屋
Fukusaya co.,ltd.
Fukusaya Logo.jpg
Nagasaki Fukusaya.jpg
福砂屋長崎本店
種類 株式会社
本店所在地 日本の旗 日本
850-0904
長崎県長崎市船大工町3番1号
設立 1624年寛永元年)
業種 食料品
法人番号 1310001003036 ウィキデータを編集
事業内容 菓子製造業
代表者 代表取締役社長 殿村 育生
従業員数 570名(平成27年6月1日現在)
外部リンク https://www.fukusaya.co.jp/
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株式会社福砂屋(ふくさや)は、長崎県長崎市船大工町3番1号に本店を置く、カステラの製造業者である。

概要[編集]

長崎カステラの元祖といわれている。1624年寛永元年)創業。『カステラ本家』を商標登録している。

中国でめでたい動物と言われる蝙蝠を商標とし、看板には蝙蝠が使われている。長崎本店の他にも、福岡赤坂店(明治通り)、東京赤坂店(一ッ木通り)等の直売店を持つ。長崎本社工場は、長崎市の隣の諫早市多良見町にある。

歴史[編集]

1624年寛永元年)、初代・福砂屋(砂糖や米を扱っていた貿易商)は、ポルトガル人より直接伝授されたカステラなどの南蛮菓子づくりを始め、「長崎カステラ」を創案。5代まで引地町(現・桜町と興善町)にて販売。

1775年(安永4年)乙未、6代・市良次事大助のときに店舗を、丸山唐人屋敷にほど近い船大工町に移転。

明治時代に入り、12代・清太郎は、中国でと並んで慶事・幸運の印として尊重されている蝙蝠を商標とする。この頃、卵と砂糖の配合を多くし、粉を少なく配した「五三焼カステラ」を創案。清太郎の代から、1年に1度、毎年5月に菩提寺である正覚寺にて「卵供養」を催すことを始める。

13代・為三郎のときに、宮中御買上げの栄に浴し、以来各宮様の御用命を賜る。為三郎は、卵白のみ使用した「白菊」、卵黄のみの「黄菊」の特製カステラを創案。

戦中戦後の弊舗を経て、1949年(昭和24年)に生産を再開。1952年(昭和27年)に東京支店を開設。

1977年(昭和52年)に本社・多良見工場を完成。1983年(昭和58年)に福岡支店を開設。1992年(平成4年)に大村工場を完成。

カステラ[編集]

福砂屋のカステラ

創業以来手作業による製造を行い、添加物を使用せずに生成している[1]。出来上がったカステラは底に角の取れた粗目(ザラメ)糖があり、食べるときに独特の食感を生み出している。

原材料は小麦粉上白糖ザラメ糖水飴のみを用い、蜂蜜牛乳生クリームふくらし粉などは入れない[1]

カステラの他にカステラ生地にココア胡桃レーズンを入れた「オランダケーキ」という商品も販売している。カステラと同じ体裁をとる商品で、カステラとのセット販売も行われている。

なお、発売しているカステラのサイズは、長崎・九州、福岡・中国・四国、関西・東海・関東・東北・北海道の各エリアによって異なる。

参考資料[編集]

『福砂屋 カステラ縁起』

脚注[編集]

外部リンク[編集]