田中徳兵衛 (貴族院議員)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

田中 徳兵衛(德兵衞、たなか とくべえ、1875年明治8年)5月15日[1] - 1947年昭和22年)7月30日[1][2])は、日本の実業家政治家貴族院多額納税者議員埼玉県北足立郡南平柳村長。幼名・徳蔵[3]

経歴[編集]

埼玉県足立郡十二月田村[1](のち北足立郡南平柳村、現:川口市)で、味噌醸造業、素封家・田中徳兵衛の長男として生まれる[1][3]1894年、家督を相続し徳兵衛を襲名した[3]

埼玉味噌醸造組合長、帝国実業協会幹事、東京共立銀行監査役、東京紡績監査役などを務めた[1][2]

政界では、南平柳村会議員、同村長、埼玉県会議員、同副議長、医薬制度調査会などを務めた[1][2]1932年9月29日、貴族院多額納税者議員に任じられ[4]交友倶楽部に所属して活動し一期務めて1939年9月28日に退任した[1][2]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『埼玉人物事典』519頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』206頁。
  3. ^ a b c d e 『人事興信録』第14版 下、タ45頁。
  4. ^ 『官報』第1727号、昭和7年9月30日。
  5. ^ 『人事興信録』第14版 上、ア43頁。

参考文献[編集]

  • 埼玉県教育委員会編『埼玉人物事典』埼玉県、1998年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第14版 下、1943年。