猫城

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猫城
福岡県
城郭構造 山城
築城主 麻生氏
築城年 室町時代
主な城主 宗像氏
廃城年 不明
遺構 曲輪
指定文化財 未指定
再建造物 なし
位置 北緯33度48分51.6秒東経130度41分20.7秒
地図
猫城の位置(福岡県内)
猫城
猫城

猫城(ねこじょう)は、福岡県中間市に存在したである。

概要[編集]

室町時代麻生氏によって築城。戦国時代宗像氏領となる。名前の由来は「敵が攻めてくるときは山が高くなり、城から攻め下りるときは山が低く感じるため、まるで猫が背を高くしたり低くしたりしているよう」なことから名付けられたと言われる。

宗像氏貞は家臣の吉田倫行に雑兵150名をつけ猫城に配属する。天正8年(1580年)5月、大友宗麟の家臣である立花城立花道雪の指令を受けた鷹取城主・毛利鎮実が攻め込むが、宗像勢は激戦の末これを討ち破った。宗像氏断絶後、廃城となる。江戸時代には福岡藩の所領になり、2代藩主黒田忠之により猫城跡に月瀬八幡宮が建立された。

猫城跡には、宗像市の市花で有名なカノコユリが夏に一斉に咲く。城跡の近くには高倉健の先祖である小田宅子の生家跡がある。

アクセス[編集]

関連項目[編集]