猪去館

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座標: 北緯39度40分59秒 東経141度04分27秒 / 北緯39.683083度 東経141.074278度 / 39.683083; 141.074278

猪去館の位置(岩手県内)
猪去館
猪去館
猪去館の位置

猪去館(いさりたて)は岩手県盛岡市にかつて存在した日本の城。別称 猪去御所

概要[編集]

猪去斯波氏の居館で、丘陵頂部に100メートル×50メートルの規模で立地し、堀跡が残る。

天文14年(1544年)、高水寺城主斯波詮高は南部氏から岩手郡太田、滴石城を攻略し、南部晴政を三戸に敗走させ、 翌15年(1545年)詮高は嫡男経詮に家督を継がせ、次男・詮貞を滴石から改称した雫石城に、太田に三男詮義猪去館に配置して、「三御所」と称されて南部氏の反攻に備えた。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 児玉 幸阿・坪井 清足 『日本城郭大系 第2巻 青森・岩手・秋田』 新人物往来社、1980年7月15日
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 3 岩手県』 角川書店、1985年3月8日ISBN 4040010302

関連項目[編集]

外部リンク[編集]