狸坂

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狸坂(たぬきざか/まみざか[1])は、東京都港区元麻布にある坂である[2]

由来[編集]

  • かつてこの坂に古狸が棲んでおり、そのが人を化かして、石の地蔵や石塔を道端に捨てられた赤ん坊に見せかけ、捨て子を不憫に思った人間にこの坂まで運ばせるということがしばしばあったという。そのため、この坂には絶えず地蔵や庚申の石塔等が転がっており、これが評判となり、この坂に「狸坂」という名がつけられたと伝えられる[3]
  • 麻布區史には「暗闇坂の南、一本松町との境をなす坂、一に旭坂ともいう。古時、古狸が出没して人を化かして困ったという」とある[4]
  • 港区史その他によれば昭和35年頃まで港区各地で狸の生息が報告されている[5]
  • 近くに大エノキがあり、その根元の洞穴にタヌキの親子が住んでいたという[6]
  • 武徳安民記は慶長5年関が原の戦いの折、続々と送られて来る首級の首実検を増上寺で行なった後、麻布の原に埋めた後供養したという。その場所は改選江戸志は麻布一本松の増上寺屋敷(今のセントメアリー教会辺)という[7]

登場する文学作品[編集]

  • 泉鏡花「雪柳」 - 麻布を歩いていた鏡花が、苦手とする犬に吠えられ、「狸のような色になって」飛び込んだ坂として表れる[8]
  • 岡本綺堂「綺堂むかし語り」 - 綺堂が「狸坂くらやみ坂や秋の暮」の句を詠む。綺堂は麻布に住んだが、その門前の細道の両端、東にはくらやみ坂、西には狸坂があったことによる[9]

地理[編集]

  • 坂の中間北緯35度39分19.3秒
    東経139度43分52.8秒
  • 東京都港区の狸坂は元麻布2丁目11番、3丁目12,13番付近にある坂道である[10]
  • 坂下側はがま池を源流とする谷戸といわれる切れ込んだ小河川を中心とする地形で、その流れは本光寺裏から狸坂下を通り光隆寺前や広称寺前、安全寺前を通って麻布十番商店街を通って一之橋付近で古川に合流する[11]
  • 谷戸の一角の本光寺の南東の地域には昭和30年代さながらの町並みが残り、すぐ上の麻布中学校・高等学校との間に近道は無い。
  • 坂下には港区が設置した標識があり「人をばかすたぬきが出没したといわれる。旭坂ともいうのは東へのぼるためか」と書かれている。
  • 坂の途中に麻布セントメアリー教会がある[12]
  • 坂の上は、暗闇坂および一本松坂が出会い、仙台坂上へ行く平坦路もある。
  • 自動車は坂上から坂下への一方通行である。



脚注[編集]

  1. ^ 東京市,東京市市史編纂係 編『東京案内 下巻』114頁(1907,裳華房)
  2. ^ 狸坂と名のつく坂は以下のように複数存在する。なお本項目に記載されている坂がすべての狸坂ではない。[要出典]
    1. 東京都港区元麻布の狸坂。本稿で記述する。
    2. 文京区千駄木三丁目12-20間付近の狸坂。
    3. 栃木県宇都宮市一条付近の狸坂。
    4. 神奈川県横浜市南区中村町付近の狸坂。
    5. 神奈川県横浜市南区唐沢付近の狸坂。
    6. 静岡県浜松市西区西山町の館山寺街道にある狸坂
    7. 大阪府大阪市中央区神崎町南大江公園付近の狸坂・・・元の坂口王子の所在地に、狸坂の守り神であった狸坂大明神を安置している。狸坂大明神の解説
  3. ^ 「狸坂の化け狸」 佐藤隆三著,本山桂川編『江戸傳説』54-55頁(坂本書店出版部,1926)
  4. ^ 東京市麻布区 編『麻布區史』808頁(1941,東京市麻布区)
  5. ^ 港区史 昭和35年版上巻 p163他
  6. ^ 角川日本地名大辞典 13 東京都 p464
  7. ^ 港区史上巻p986
  8. ^ 泉鏡花 雪柳 - 青空文庫
  9. ^ 岡本綺堂 綺堂むかし語り - 青空文庫
  10. ^ クイックマップル東京1996 昭文社 p13
  11. ^ http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.html?longitude=139.72868795647&latitude=35.653991068665 国土地理院地形図
  12. ^ ゼンリン住宅地図東京都港区

関連文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]